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2011年1月20日 (木)

嵯峨隆『近代中国の革命幻想──劉師培の思想と生涯』

嵯峨隆『近代中国の革命幻想──劉師培の思想と生涯』研文出版、1996年

・民族主義、アナキズム、帝政支持論とそれぞれ異質な政治的立場を経た劉師培の名前は以前から気になっていたので手に取った。本書は彼の生涯をたどりながら、彼の思想の展開とそれを内在的に支えていた伝統的価値観による独自の思想解釈のあり方とを把握しようと試みる。
・劉師培は1884年、揚州の生まれ。幼少から神童の誉れ高く、社会問題にも関心。科挙に挫折して失意のとき、章炳麟の招きで1907年に東京へ行き、中国革命同盟会に加入。
・反帝国主義と排満革命との結び付き。当初、ユートピア社会を目指すアナキズムは否定しつつ、テロリズムは礼讃(主義と手段の分離)。
・中国思想史における『春秋』の解釈の違い:今文派=『公羊伝』→異民族との融和を前提→立憲主義→改良を目指した(康有為、梁啓超など)のに対して、古文派=『左氏伝』→漢民族と異民族との差異を強調→民族主義→革命(章炳麟など)。劉師培は後者であり、中国の伝統的学問を踏まえて排満民族主義の主張を展開。
・東京では、『民報』『天義』『衡報』などで論説を次々と発表。この頃は、排満民族主義とアナキズムとが並存した状況だったが、同盟会内部の権力闘争の渦中にあってアナキズムの方を選択的に突出させる。
・封建的桎梏からの解放、同時に「群」としての中国が生き残らなければならない→個人主義ではなく、合群主義(集団主義)的アナキズム、クロポトキンの連合主義を重視。清末の課題を反映した議論だったと指摘される。
・アナキズム思想受容において、中国の伝統思想の中から革命的要素とみなしたものを再構成しながら解釈。伝統思想の中から理想社会を見出し、それを未来の無権力社会へと再現させようという発想→文化的保守主義と政治的急進主義との結び付き。
・社会主義講習会を張継と共に主宰→講師には日本人の幸徳秋水、堺利彦、山川均、大杉栄、宮崎民蔵、竹内善朔、守田有秋、中国人の章炳麟、景梅九など。幸徳とは北一輝を介して知り合った可能性。
・アジア各国の亡命者と共に亜洲和親会→中国、日本、インド、フィリピン、ベトナムの革命家(確かファン・ボイ・チャウもいたはず)、ただし朝鮮人は出席せず。堺利彦、山川均、大杉栄、森近運平、守田有秋、竹内善朔、汪精衛など。
・「亜洲現勢論」→弱小民族の独立→政府を廃止し、人民大同の思想、連邦主義。日本の侵略主義への批判。
・大杉栄からエスペラントを習う。
・1908年に帰国。同時に転向して清朝帝政派のスパイとなる→金銭問題や人間関係的な不和(妻の問題、章炳麟との仲違い)、清朝側とのもともとの人脈(端方など)、文化的価値観の持続。
・辛亥革命時に逮捕されたが、劉師培の考証学者としての深い学識を惜しんだ章炳麟・蔡元培らが「彼を処刑したら中国の学術界にとって一大損失だ」とアピールして救出、釈放。彼は学問に専念するつもりだったが、やがて閻錫山の顧問となり、さらに袁世凱のもとに送り込まれ、帝政復活支持の言論活動→楊度、厳復らと共に籌安会の発起人となる。この時点ではアナキズムを社会的混乱の思想と捉え、伝統思想を君主制復活と中央集権的政治体制確立の論拠として援用する。
・袁世凱の死後は没落、しかし彼の学識を惜しんだ蔡元培の招聘により北京大学で中国文学担当教授となる。1919年、五四運動後の11月に結核で病死。享年35歳。
・劉師培が目の当たりにしたのは「革命」という幻想、しかし唯一幻ではなかったのは中国伝統の歴史であり、学問であったのだろうと総括される。

・劉師培という人の思想的変遷は、自国の伝統思想と海外からの近代思想とが出会ったときにどのような形で継受が試みられたのかという葛藤の一例として興味深い。彼の場合、第一に内面において深い学殖に支えられた伝統的価値が確固としてあるのが大前提で、第二に外面において急進主義から保守主義まで政治的言説が二転三転していく、その都度内面における伝統思想が参照点として求められたという構図がうかがえる。言い換えれば、現実局面での政治的立場の変化に応じて、後知恵的に正当化するために伝統的教養をもってきたという印象があり、その点では意外と魅力は乏しい。外来思想は代替可能な表皮であり、根っこというか碇というか、そうした重しとしての伝統思想との接続がうまくいくかどうかという問題が彼には端的に表れていると言える。

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