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2011年1月13日 (木)

前田愛『成島柳北』

前田愛『成島柳北』(朝日選書、1990年)

 成島柳北は1837(天保8)年、江戸は浅草に生まれ、儒家の家柄である成島家の養子となった。若くして将軍侍講を務めたが、率直に発言する性格であり、狂歌で幕閣を批判したりしたため解任された。早くから洋学を積極的に学び、江戸幕府瓦解直前の時期には外国奉行、会計副総裁に就任。江戸開城後は32歳にして隠居、以後、「天地間無用の人」と自ら称して文人として生きる。東本願寺法主の随行員として欧米旅行にも出かけた。1874(明治7)年には「朝野新聞」に入り、今風に言うならジャーナリストとなるが、明治新政府の讒謗律・新聞紙条例を批判したかどで4ヶ月間入獄させられることもあった。1884(明治17)年、48歳で病没。

 本書は、若くして幕閣枢要の座に就きつつも、維新後は典雅な詩文人として在野に生きた成島柳北の生涯をたどった評伝である。併せて明治という時代を見つめた彼の視点のありかをうかがい、例えばホイジンガ『ホモ・ルーデンス』を引き合いに出しながら、薩長の田舎武士と対置された彼の江戸情緒濃厚なスタイルに闊達な自由の精神を見出す。

 本書でも初めに引用される「一身にして二生を経るが如く一人にして両身あるが如し」とは福澤諭吉の言であるが、江戸時代から明治時代へと急激な社会的変化を目の当たりにした世代にとって、これは実感こもる共通体験をいみじくも言い当てているのかもしれない。時代をうまく泳ぎ渡った者もいたろうが、それ以上に多くの者は絶え間なく押し寄せる新しい時代の波間に漂い、流されるままただ茫然と追随していくよりほかに術はなかったであろう。そうした中、旧幕時代への懐旧は退嬰的なアナクロニズムに陥るかと言えば、必ずしもそうではない。洗練された眼識さえあれば、むしろ新しい時代のひずみを見据える文明批評の鋭利な眼差しともなり得た。成島柳北はまさしくそうした一人であった。柳北の系譜は、やはり江戸趣味に韜晦しながら一個の反時代的精神として生きようとした永井荷風へとつながっていく。

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