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2011年1月16日 (日)

三澤真美恵『「帝国」と「祖国」のはざま──植民地期台湾映画人の交渉と越境』

三澤真美恵『「帝国」と「祖国」のはざま──植民地期台湾映画人の交渉と越境』(岩波書店、2010年)

 リュミエール兄弟によって商業的上映が行なわれた1895年を映画史の起点とするなら、台湾における映画受容は日本による植民地支配とほぼ同時に始まったと言える。本書は、この映画というある種の近代性を表象するメディアを台湾の人々が主体的に摂取して自らを語る手段としたくとも、日本による植民地的抑圧性と中国において国民国家的枠組みを前提とした台湾の周縁化というそれぞれの政治性によって翻弄されてしまった葛藤を主題としている。

 1920年代後半から台湾へ大陸の中国映画輸入が始まり、それが人気を博していることに台湾総督府は警戒を強めていた。当時の台湾人が総督府による映画統制をもちろん快く受け入れたわけではない。ただし、映画のコンテンツよりも、映画という仕掛けそのものに物珍しい魅力があって、抗日意識からそれを排除するよりも、娯楽として楽しむ状況があったという。従って、「中国映画の歓迎」と「日本映画の排斥」とが必ずしもワンセットとして表面化したわけではなかった。仮に台湾人自身が映画製作に乗り出そうとしても、「抵抗」を前面に出すと弾圧されるし、「交渉」によって妥協すれば「抵抗」の契機は薄れて観客への訴求力が弱まってしまう。ところで、台湾製映画がなかったため日本・中国・欧米など輸入ものが上映されることになるが、一般の台湾人には言葉が分からない。そのため台湾人弁士による解説が入るわけだが、そこには即興の風刺も交えられ、娯楽受容の場でささやかながらも民族的主張が表れることになり、そうした形で映画の臨場的土着化が行なわれたという指摘が興味深い。

 台湾で映画づくりが無理ならば外に行ってつくるしかない。本書では大陸へと越境した劉吶鷗(1905~1940年)と何非光(1913~1997年)という二人の台湾出身映画人に注目される。

 劉吶鷗については田村志津枝『李香蘭の恋人──キネマと戦争』(筑摩書房、2007年)でも取り上げられていたが、新感覚派の作家でもあり、日本留学を経て上海に渡った。彼にはとにかく映画をつくりたいという情熱こそあったが、祖国意識=ナショナリズムなどの政治意識は希薄であった。映画製作の手段と割り切って国民党にも日本軍にも接近していたため漢奸とみなされ、1940年に暗殺されてしまう。「越境先での中国のナショナリズム」と、彼を追いかけて「越境してきた日本の帝国主義」とが激突するはざまにあってつぶされてしまった彼の宿命を本書は浮彫りにするが、そうした悲劇は戦後、タブーとなった。

 他方、劉吶鷗とは対照的に祖国意識=ナショナリズムを胸に熱く秘めて大陸に渡った何非光は「抗日」映画の製作に邁進したが、彼もまた悲劇に見舞われた。台湾出身者が「日本のスパイ」とみなされた大陸において彼もその偏見から免れず反右派闘争、文化大革命と続く中で不遇を余儀なくされた。同時に台湾へと逃れた中華民国では、彼は共産主義中国に残留した裏切り者とみなされた。つまり、共産党と国民党というかつての抗日勢力が分裂した後も、それぞれの正統的革命史観から外れた者として戦後はタブー視されたことになる。彼の映画語法にうかがえる「敵である彼ら(日本人)にも顔がある」という語り方が「日本情結」(日本コンプレックス)と解釈されたのではないかとも指摘される。

 台湾・中国・日本の三角関係の中、越境的な軌跡をたどった彼らのような台湾人は極めて難しいアイデンティティの矛盾に直面した。それは当時の政治状況だけでなく、共産党・国民党ぞれぞれの正統的革命史観、また日本におけるかつての植民地支配の捉え方など、戦後における歴史叙述のあり方そのものとも絡まりあって、国民国家的枠組みには収まらない彼らの存在はタブー視されざるを得なくなった。そのように二重に錯綜した困難に、本書は映画というテーマを通して果敢に切り込んでいく。博士論文をもとにした学術書という性格から必ずしも読みやすい本ではないが、丁寧に読み進めるなら、まさにその複雑さそのものが圧倒的に迫ってきて、さらなる関心が触発されてくる。

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