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2010年2月14日 - 2010年2月20日

2010年2月19日 (金)

セルジュ・ミッシェル、ミッシェル・ブーレ『アフリカを食い荒らす中国』、デボラ・ブラウティガム『ザ・ドラゴンズ・ギフト:アフリカにおける中国の真実』

 アフリカでの中国の存在感の高まりを私が初めて意識したのは、確かポール・コリアー『最底辺の10億人』だったろうか。最近のアフリカ関連の本を読むと必ずと言ってもいいほどこの問題が取り上げられている。ダルフール問題でも中国批判の国際世論が盛り上がっていた。

 セルジュ・ミッシェル、ミッシェル・ブーレ(パオロ・ウッズ写真、中平信也訳)『アフリカを食い荒らす中国』(河出書房新社、2009年)はアフリカ諸国を回って中国企業の旺盛な活動を取材したルポルタージュである。「欧米人は説教をたれるが、中国人は目に見える成果をもたらしてくれる」と政府関係者は歓迎的。他方で、天然資源の奪い取り、中国資本の工場で使い捨てにされる労働者たちの問題にも目は向けられる。ワーカホリックの中国人労働者にスローペースのアフリカの人々は追いつけないようだ。現地に溶け込まないのでコミュニケーションがとれておらず、経済摩擦以上に文化摩擦の方が大きいような印象を受けた。

 このようにアフリカに進出した中国の経済活動を脅威視する国際世論が高まっているが、Deborah Brautigam, The Dragon’s Gift: The Real Story of China in Africa(Oxford University Press, 2009)は、それは果たして事実なのか?と疑問を投げかける。誇張された中国脅威論の「神話」をデータや実地調査に基づいて解きほぐしていくのが本書の趣旨である(2010年1月発行らしいが、手持ちの本の書誌事項は2009年になっている)。

 経済関連の細かい議論は私にはよく分からないのでななめ読みだが、おおまかに読み取ったところから言うと、1960年代以降、アフリカ諸国が次々と独立していく流れの中で、イデオロギー的な動機から第三世界に広くウィングを広げようと毛沢東の主唱でアフリカ諸国に積極的な援助活動を開始、とりわけ台湾との外交合戦では多額の金もばらまかれた。こうした活動によって早くから中国はアフリカ諸国とのつながりを持っていた。1980年代以降、改革開放に伴って鄧小平は中国企業の海外進出を奨励、援助を通してつながりのあったアフリカが注目された。それまで政府主体だった援助も、企業を主体とする活動へと変化(ただし、国有銀行を通して政府のバックアップ)。世界銀行等がアフリカ諸国に自由化圧力をかけるがかえって経済環境の混乱、労働効率の悪さなどで欧米企業は撤退、そうした中で中国の存在感が際立つことになる。

 現在の中国のアフリカでの活動は援助とビジネスとを融合させた形が中心であるが、これは日本をモデルにしていると指摘される。かつて中国市場に入ってきた日本や欧米は援助をテコに市場開拓→中国はこの受け手としての経験を今度は供給側としてアフリカに対して応用しているのだという。例えば、財政状況が最悪でも、天然資源を担保にしてインフラ整備、つまり、中国がアフリカの資源を奪おうとしているのではなく、資源の裏づけで信用供与→経済発展に必要な初発条件の準備を可能にしていると捉える。また、借款→中国のモノやサービスを導入するのに使わせる→アフリカの独裁者に金を直接渡して他の目的(政治腐敗)に流用されてしまうのを回避。農業指導ではグリーン革命への寄与も指摘される。欧米とは異なってヒモなし援助→ダルフール問題を抱えるスーダンなど独裁国家の延命に手を貸しているという批判もあるが、近年は中国も仲介者としての役割にシフトしようと方針を変えつつあるという。

 中国側が現地の慣習を無視して軋轢を生み、秘密主義的な態度によって誤解が増幅されているとも指摘される。経済活動というのはプラス・マイナス様々な要因が複雑に絡まりあっており、どの側面に注目するかによって違ったイメージが生み出され、何が「真実」なのか黒白はっきりと断定するのは難しい(著者は黒澤明「羅生門」をたとえとして挙げる)。分かりやすく単純化された図式的批判はかえって問題解決の芽を摘んでしまうことにもなりかねない。もちろん中国の行動にも問題が多々あるわけで、それは当然批判されるべきにしても、現実に何が実効性を持っているのか、違う視点から考えていくことも必要だろう。

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2010年2月18日 (木)

ケネス・ポラック『ザ・パージァン・パズル──アメリカを挑発し続けるイランの謎』、マーク・ボウデン『ホメイニ師の賓客──イラン米大使館占拠事件と果てなき相克』

 イラン情勢についての本としては、Ray Takeyh, Hidden Iran: Paradox and Power in the Islamic Republic(Holt Paperbacks, 2007→こちら)、Stephen Kinzer, All the Shah’s Men: An American Coup and the Roots of Middle East Terror(John Wiley & Sons, 2008→こちら)、Ray Takeyh, Guardians of the Revolution: Iran and the World in the Age of the Ayatollahs(Oxford University Press, 2009→こちら)、John W. Limbert, Negotiating with Iran: Wrestling the Ghosts of History(United States Institute of Peace Press, 2009→こちら)を今までに取り上げた。いずれも現代史におけるイランと欧米(特にアメリカ)との関係を捉え返す中で、双方の敵意のため相手認識をマイナスの方向へ増幅させた結果として政権担当者の身動きが取れなくなってしまっているという問題意識が共有されている。

 ケネス・ポラック(佐藤陸雄訳)『ザ・パージァン・パズル──アメリカを挑発し続けるイランの謎』(上下、小学館、2006年)の問題意識もやはり同様である。アメリカの政策的失敗にもきちんと目配りされているが、イラン・コントラ事件への言及が少ないのは著者自身がCIAの出身(年齢的に事件後の入局とはいえ)だから何か慮りでもあるのか、守秘義務でもあるのか。モサデクについては、反米感情→彼の存在感が実際以上に神話化されたとも指摘される。

 マーク・ボウデン(伏見威蕃訳)『ホメイニ師の賓客──イラン米大使館占拠事件と果てなき相克』(上下、早川書房、2007年)は1979年におこったテヘランのアメリカ大使館人質事件の経過を描き出したノンフィクション。読み物として面白いだけでなく、大使館内部に拘束された人質たちの情況(上掲書のうちの一冊の著者ジョン・W・リンバートも当事者として登場)、カーター政権の迷走、イラン側の複雑な背景事情についてもポイントはきちんとおさえられている。占拠した過激派学生たちの「アメリカ=CIA=悪魔」という思い込みは一種戯画的ですらあるが、そうしたお互いの認識ギャップが深まったことには複雑な歴史的背景があったことを考えねばならないだろう。なお、ソマリアでの米軍の失敗を描いた『ブラックホークダウン』もこの著者による。

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2010年2月16日 (火)

アイヴォ・H・ダールダー、I・M・デストラー『大統領執務室の影で』

Ivo H. Daalder and I. M. Destler, In the Shadow of the Oval Office: Profiles of the National Security Advisers and the Presidents They Served─From JFK to George W. Bush, Simon & Schuster, 2009

 アメリカの国家安全保障問題担当大統領補佐官(Assistant to the President for National Security Affairs)は常に大統領の相談相手として外交政策の形成を主導し、大統領の意向を受けて根回しを行う。そのため、政権運営の成否を左右してしまうほどの影響力を持ち、正規のポストではないにもかかわらず、時には閣僚をしのぐ存在感すら見せる。本書は、ケネディ政権のマクジョージ・バンディ(McGeorge Bundy)からブッシュ(ジュニア)政権のコンドリーザ・ライス(Condoleezza Rice)、スティーヴン・ハドリー(Stephen Hadley)まで15人の歴代補佐官の活動ぶりを検証、これらの具体例を通して効果的な意思決定プロセスのあり方について考える。一癖も二癖もある個性強烈なプレイヤーたちをチームプレイに組み込む難しさが浮かび上がり、組織論的な観点から読んでも面白いだろう。

 ケネディはあらゆる選択肢を自分の眼で検討しないと気がすまず、異論も含めて幅広い情報を求めていた。ハーヴァード大学教授出身のバンディは各省庁とのコミュニケーションをうまく図りながら情報を集約、ケネディの要望にうまく応えた。ところが、ケネディ暗殺後に大統領へ昇格したジョンソンは政界寝業師的なタイプで知的な議論など興味がない。ウマが合わなかったバンディは政権を去る。代わったウォルト・ロストウ(Walt Rostow、発展段階論で有名な経済学者)はジョンソンとは個人的に仲が良かったが、政策決定プロセスの運営には失敗、ヴェトナム戦争の泥沼に引きずり込まれてしまう。

 ニクソン政権のヘンリー・キッシンジャー(Henry Kissinger)は自らが表舞台に立って米中和解、ヴェトナム戦争終結、ソ連とのデタントなど華々しい外交成果を挙げた。しかし、それはあくまでも個人プレイであって、秘密主義的な態度から根回しは行なわれず、政権内部にはきしみが生じていた。カーター政権のズビグニュー・ブレジンスキー(Zbigniew Brzezinski)も同様の独断専行型、ハト派色が強い政権の中で彼のタカ派的立場は浮き上がって政策調整はうまくいかず、政権内部の亀裂を深めてしまった(ヴァンス国務長官を追い出してしまうほどだ)。

 キッシンジャー、ブレジンスキーといった強力な補佐官の存在による政権運営不全を教訓として、レーガン政権は補佐官の役割を縮小、軽量級の人材を配置した。ところが、シュルツ国務長官、ワインバーガー国防長官という大物政治家が互いにいがみ合う中で補佐官による根回しは難しく、しかもレーガンはこれを放置していた。結局、政策調整がうまくいかないため、補佐官たちは独断で秘密工作に手を出してしまい、イラン・コントラ事件という一大スキャンダルを招いてしまった。

 大統領や閣僚たちとの個人的な相性、国際情勢の変化などそれぞれの事情から一般化できない要因が多いため、どの補佐官が優れていたかという一律な評価は難しい。それでも、政策調整の根回しとリーダーシップとを両立できた点で、本書ではブッシュ(シニア)政権のブレント・スコウクロフト(Brent Scowcroft)が最も高く評価されている。彼の控えめだが芯の強い人柄は「公正な仲買人」(honest broker)として各省庁の根回しを円滑にし、同時に政策目標を一定の方向性へと主導していく。情報の共有によって相互の信頼を確立することが大切だったと指摘される。ちょうど東欧革命、ソ連崩壊、湾岸戦争と続く激動の時代であったが、政権内部の意見をまとめ上げて的確な反応をかえし(中にはもちろん判断ミスもあったにせよ)、難局をうまくソフトランディングさせることに成功した。次のクリントン政権でもアンソニー・レイク(Anthony Lake)はスコウクロフトを模範にする。

 意思決定システムの不全と大統領の個性とが合わさってマイナスに作用して最悪の結果をもたらしたのがブッシュ(ジュニア)政権である。チェイニー副大統領、ラムズフェルド国防長官、パウエル国務長官と超重量級が居並ぶ中、まだキャリアの浅いライスが主導権を持って政策調整を行なうのは不可能だった(それどころか、チェイニーやラムズフェルドは彼女の権限を奪おうとしていた。尋問のため戦争捕虜に関するジュネーヴ協定を無視した決定はチェイニーの独断で、ライスやパウエルは報道で知って驚愕する。戦後イラクでの軍政は国防総省主導となったが、ラムズフェルドが情報提供を拒んで他省庁との連携はうまくいかず、ライスはイギリス軍からの情報に頼ったほど)。そうした大物を相手にわたりあうため彼女がとった手段は、ブッシュという最高権威者の意思の忠実な実行者として自らの役割を規定することであった。しかし、ブッシュは直観で政策決定しており、外交など全く知らない。イラク戦争開始にあたって政策失敗の可能性に関しても大統領に建言するのも彼女の役割だったはずだが、彼女自身がブッシュの語る「価値観」に取り込まれていたと後に証言している。イラク戦争の誤りが明らかになるにつれて、パウエルが去り、ラムズフェルドが去り、チェイニーは発言力を失って、国務長官に横滑りしたライスはようやく実力を発揮できるようになった。彼女は「調整するよりも、調整される方が本当に楽」と漏らしたらしい。

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2010年2月15日 (月)

何冊かピックアップ

 去年、原著で読んだ本の翻訳が新刊でいくつか出ていたのでピックアップ。Paul Collier, Wars, Guns, and Votes: Democracy in Dangerous Places(HarperCollins, 2009→こちら)はポール・コリアー『民主主義がアフリカ経済を殺す 最底辺の10億人の国で起きている真実』(甘糟智子訳、日経BP社、2010年)。タイトルは内容から外れてはいないにしても、ミスリードの恐れもありそう。まあ、目立たないと売れないから仕方ないか。発展途上国支援のアキュメンファンド創立者のJacqueline Novogratz, The Blue Sweater: Bridging the Gap between Rich and Poor in an Interconnected World(Rodale, 2009→こちら)はジャクリーン・ノヴォグラッツ『ブルー・セーター──引き裂かれた世界をつなぐ起業家たちの物語』(北村陽子訳、英治出版、2010年)。それから、Leslie T. Chang, Factory Girls: From Village to City in a Changing China (Spiegel & Grau, 2009→こちら)もレスリー・T・チャン『現代中国女工哀史』(栗原泉訳、白水社、2010年)として近いうちに出るみたい。

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2010年2月14日 (日)

ズビグニュー・ブレジンスキー、ブレント・スコウクロフト『アメリカと世界:アメリカ外交の将来を語る』

Zbigniew Brzezinski, Brent Scowcroft, moderated by David Ignatius, America and the World: Conversations on the Future of American Foreign Policy, Basic Books, 2008

 かつて安全保障問題担当大統領補佐官を務めた経験のあるブレジンスキー(民主党のカーター政権)とスコウクロフト(共和党のフォード、ブッシュ・シニア政権)、この二人がブッシュ・ジュニア政権によるイラク攻撃を批判したことは注目を浴びた。本書は2008年2~4月にかけて行なわれた対談である。2009年に就任する新大統領(対談時はまだ選挙戦の最中)にどんなアドバイスをするか?という問いをきっかけとして、イラク、イラン、パレスチナ問題(以上、中東紛争で本書全体の3分の1以上を占める)、東アジア情勢(中国の台頭がメインテーマとなり、北朝鮮問題やインドについては軽く触れる程度)、ロシアとNATOの関係、ヨーロッパとの大西洋同盟のあり方など国際情勢への向き合い方について語り合う(アフリカには言及なし)。具体的にこうせよ、という処方箋などもちろん出てこないが(そんなのはかえって眉唾物だ)、おおむねこうした方向性を取るべきだという指針は示される。話題が多岐にわたって散漫な印象もあるが、アメリカ外交政策の関心事項はどこにあるのかを全体としてレビューする上で参考になるだろう。

 個々の論点では二人に相違も見られるものの、議論の大前提として、①地球上のあらゆる人々の政治意識がこれまでにないほど覚醒しつつあり、冷戦期にキッシンジャーが活躍したような国家単位のパワー・ポリティクスの論理が通用しない現実にアメリカは直面している、こうした状況下での武力行使は情勢を悪化させるだけ、②環境問題や核拡散をはじめグローバルな課題にアメリカ単独で取り組めるはずがなく、世界の他の国々に協力を呼びかける中でアメリカのリーダーシップを発揮すべき、以上の認識で二人の考え方は一致している。

 司会者が「退任するブッシュ(ジュニア)大統領に会う機会があったら何と言葉をかけるか」と問いかけると、ブレジンスキーは「大統領、本当にありがとう、イランまで攻撃しないでくれて」と皮肉たっぷり。総じてブレジンスキーの口調は歯切れが良いのに対し、スコウクロフトは慎重で抑制的な物言いをするというパーソナリティーの違いも目立つ。

 イラク問題について二人ともアメリカは早期に撤退すべきという点では一致。ただし、ブレジンスキーは、アメリカ軍の駐留そのものが反米感情を高めてトラブルの原因になっているのだから即時撤退を主張するのに対し、スコウクロフトは、いったんイラクに入ってしまった以上、イラク軍の秩序維持能力を再建してから撤退するのでなければ無責任だと反論。

 二人とも中東情勢では悲観的なのに対し、東アジア情勢、とりわけ中国の台頭については楽観的だ。中国・日本と等距離を置いたバランシングの考え方はキッシンジャーの時と同じに見える。ブレジンスキーは日中の軍拡競争は賢明にも衝突を避けていると指摘。他方で、中国は北朝鮮問題で役割を果たしていないと不満も漏らす。

 「民主化」の問題については、それぞれの国の歴史的・社会的背景によって事情が異なるのだから押し付けには批判的。ただし、内発的な動きがあれば助けるべきだとする。アメリカは東欧革命では社会全体の大きな流れがあったので積極的に関与、しかし中国の天安門事件では、流血の事態は避けるよう警告は発したものの、中国社会全体の広範な支持が見られなかったので関与は控えたと指摘される。ネオコンの中東民主化構想については、アラブ社会に根付く反植民地主義感情を無視、概念的には曖昧だし、歴史的な根拠付けもなかったとして批判する。

 司会者が「西欧から東アジアに重心が移っているのではないか?」と水を向けると、スコウクロフトはそうした質問自体が古い発想だ、現在の国際的潮流はnational powerとは異なる性質になっていると返答。グローバルな課題についてアメリカは押し付けをするのではなく、この課題をみんなで考えようと呼びかける形でリーダーシップを図るべきだと主張する(ジョゼフ・ナイの「ソフト・パワー」に近い考え方だ)。これを受けてブレジンスキーは、アメリカは国内の議会や世論の支持がなければ重大な課題にコミットできない、国際社会に現実に起こっていることについてアメリカ国民を教育するのも新大統領の役目だと主張(「ネオコンがはびこるようなアメリカ自身をregime changeしなければならない」という発言もあった)。不公正な政治経済システムによって世界中の多くの人々が尊厳を奪われていると感じていることからボーダーレスな政治意識が高まっているという現状認識を踏まえて「人間の尊厳」(human dignity)というキーワードに二人とも同意する(ブレジンスキーは、もしオバマが当選したら、彼の出自そのものが他者の尊厳に敬意を払うことのシンボルになると言う)。

 司会者が「国益第一のリアリストと思っていたお二方が普遍的価値について語るのに驚いた」と言うと、二人ともリアリストともイデアリストとも自己規定していないと返答。ブレジンスキーは、パワーは脅威にも道具にもなり得る、それを使いこなすには何のためかという原理原則が必要で、そこに理想主義の要素も入り込んでくると語る。この発言に補足する形でスコウクロフトは、リアリズムとは出来ることと出来ないこととの明確な峻別から出発する考え方で、要は目的と手段とのバランスにあると語る。

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