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2010年12月5日 - 2010年12月11日

2010年12月11日 (土)

ジョン・J・ミアシャイマー『大国政治の悲劇──米中は必ず衝突する!』

ジョン・J・ミアシャイマー(奥山真司訳)『大国政治の悲劇──米中は必ず衝突する!』(五月書房、2007年)

・原著John J. Mearsheimer, The Tragedy of Great Power Politicsも実は手もとにあるのだが、ツン読状態のままほったらかしにしていたら邦訳が出ていたので読んでみた。著者は国際関係論におけるネオ・リアリズムの理論家でシカゴ大学教授。最近はイラク戦争を強行したネオコンや、アメリカの国益に反した外交政策に引きずり込むイスラエル・ロビーを批判したことで知られている。

・ネオ・リアリズム理論の中でも、ハンス・モーゲンソーが国家は本質的に拡大傾向を持つとして「力への意志will to power」に着目した人間性リアリズム、ケネス・ウォルツがバランス・オブ・パワーの維持という側面に着目したディフェンシヴ・リアリズムに対し、ミアシャイマーはオフェンシヴ・リアリズム(攻撃的現実主義、offensive realism)の理論を提唱。

・オフェンシヴ・リアリズムの条件は次の5点にまとめられている。すなわち、①アナーキー(ホッブズ的世界観)な世界に中心的権威はない、②どの国家も一定の攻撃能力を持っている、③他国の考えを完全に読みきることはできない→こうした不確実性に向き合うそれぞれの国家は恐怖心を抱き、④自らの生き残りをかけて自助防衛のためパワーの最大化を図って国際システムにおける覇権国(hegemon)の立場を達成しようとする、従って平和はあり得ない。戦争が起こるのは、侵略的な国、平和的な国といった先天的な性質によるのではなく、こうした不確実性が内包された国際システムの構造そのものに起因するのであって、⑤大国はシステムに適応するため合理的な行動を取る。以上の理論的仮定の是非について主に18~20世紀の外交史・戦史を題材に検証していく。

・大国はバランス・オブ・パワーが自国に有利に変化させるチャンスを常に狙っている。二極構造よりも多極構造の方が誤算の可能性が高いため戦争が発生しやすくなる。潜在的覇権国の台頭(本書では東アジアにおける中国を想定)は、その存在感自体が周辺国に恐怖心を抱かせ危険な政策へ駆り立てやすくなる。大国は例外なく核武装優越状態を目指す。

・兵力投入能力(power projection)の限界から、アメリカは海を越えた遠い地域まで派兵すると失敗する→世界の保安官ではなく、オフショア・バランサーとしての役割がふさわしい→ネオコン、イスラエル・ロビーへの批判(道義的な批判ではなく、失敗することが目に見えていた、すなわち合理性を欠いた政治判断だったから批判)。

・ただし、国際政治のプレイヤーとしての国家の内在的要因はブラックボックスに押し込んで図式が単純化されており、非合理的な要因によって想定できない事態もあり得ることが予め明記されている。以上の議論は、複雑な事象を整理して把握するための概念装置=理論である点を念頭に置いた上で読むべきだろう。

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2010年12月10日 (金)

中学生时看过的电视广告使我想到了的事儿(中文)

 以下、中作文の練習。拙いのは分かっているのであまりネガティヴなクレームはつけないでください。

  我记得中学生时看过的一个电视广告,是三得利(サントリー)威士忌的。当然我当时不可以喝酒。但这个电视广告的影像、音乐、旁白配合得很好,所以我印象很深。

  这个电视广告拍了中国的山林。山峰巍巍峨峨,森林幽幽静静,好像神仙住在那儿,美丽的风景使我觉得很安静。旁白用汉语朗诵有名的唐诗、李白的《山中与幽人对酌》。“一杯一杯复一杯”,这句话的声音特别留在了我的记忆里。这样的风气有一种“东洋”的趣味,可能触发了我独特的情感。

  响在背景的音乐是古斯塔夫•马勒(Gustav Mahler)的交响曲《大地之歌》(Das Lied von der Erde)第三乐章〈青春〉。我看了这个电视广告以后买到了马勒《大地之歌》的光盘,是我第一次买的。这支交响曲由六支歌曲组成。《大地之歌》是马勒作曲的第九号。但是他害怕“第九交响曲的倒霉事”(有名的作曲家,比如说贝多芬[Beethoven]、舒伯特[Schubert]、布鲁克纳[Bruckner]等等,他们一作好第九交响曲,就死了),没有给《大地之歌》编号。第三乐章的旋律有舒舒展展的风趣,我很喜欢。但是第六乐章〈告别〉的旋律阴阴沉沉的。听说马勒说:“如果听这支曲的人自杀了的话,我不可以引咎”。他作的旋律有时候响得悲悲凉凉,跟年轻人的忧郁心情很合适。这可能是我当时关心马勒的理由之一。

  《大地之歌》的歌词是根据德国诗人Hans Bethge写的《中国的笛子》(Die chinesische Flöte)。Bethge的生平我知道得不详细。他在这本诗集中自由地改变唐代诗人,李白、杜甫、孟浩然、王维等等的作品。《大地之歌》第三乐章是根据李白的诗。不过Bethge改了很多,我没看到唐诗的原型。苏联的音乐家、德米特里•肖斯塔科维奇(Dmitri Shostakovich)的作品我也很喜欢。他年轻时作了《根据日本诗人的诗集的六支歌曲》,这支歌曲的一部分也根据Bethge的诗集。听说第六曲〈死〉根据大津皇子(日本古代史上的皇子,他受到谋反的嫌疑,就自杀了)的绝命诗。这支歌曲也阴阴郁郁的。

  欧洲的“世纪末”艺术思潮有很多的忧郁艺术家,有的人特别关心“东洋”的虚无感。但是他们自己的感情投影在异世界的“东洋”,这未必跟原来亚洲的思想一样。我们可以在这个差距上看出所谓“东洋主义”(Orientalism)的一种形态。这可能是奇妙的现象,不过我关心的就是这个差距。

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2010年12月 5日 (日)

山岸俊男『安心社会から信頼社会へ──日本型システムの行方』

山岸俊男『安心社会から信頼社会へ──日本型システムの行方』(中公新書、1999年)

・ソーシャル・キャピタルとしての「信頼」概念を「安心」と「信頼」という二つに区別して整理、その上で社会心理学的な実験や調査から得られた知見をもとに、現代日本社会の変容を分析する。

・「信頼」:社会的不確実性があるにもかかわらず、相手が自分に対してひどい行動はとらないだろうと想定すること。対して、「安心」:そもそも初めから社会的不確実性がないと感じている状態。

・従来の日本社会は集団主義社会:コミットメント関係の形成により関係内部から社会的不確実性を除去、不信によって発生し得る非効率問題の解決を図る。→しかし、この「安心」を求める行動原理は、集団の枠をこえて幅広く人々を結び付けるのに必要な一般的信頼を醸成する上で必要な土壌を破壊してしまう(機会費用と表現)。

・高信頼者は他人との協力関係構築に積極的→「信頼」形成にさらにプラス。対して、低信頼者は見知らぬ他者に対して否定的態度(「人を見たら泥棒と思え」)→「信頼」形成はさらにマイナス。

・社会的知性の多様性。関係性検知にたけた社会的知性(地図型知性)は「安心」できる相手を見分けようとする→「集団主義社会」に適応。対して、相手の立場に身を置いて相手の行動を推測するという意味での人間性検知にたけた社会的知性(ヘッドライト型)→地図の範囲を超えて人間関係を模索しながら「信頼」を構築。

・こうした違いは個々人の置かれた社会環境への適応の問題であって、心の性質や状態として文化論の問題にしてしまうのではなく(「心過剰の文化理解」)、社会構造の問題として把握する。他方で、こうした適応行動そのものがさらに社会の仕組みを維持しているという双方向性が指摘される。

・学歴・性差による就職差別→終身雇用を前提とした場合、企業は一回だけの機会で候補者を選別しなければならないため(実際には採用してみないと分からないのだが)、統計的差別に頼る→人々はこれを前提とした社会環境に適応行動をしてしまう。

・集団主義社会における機会費用を避け、一般的「信頼」構築ができる社会に向けて、情報の透明性を高め、機会を多くすることが必要→「信頼の解き放ち理論」。

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山岸俊男、メアリー・C・ブリントン『リスクに背を向ける日本人』

山岸俊男、メアリー・C・ブリントン『リスクに背を向ける日本人』(講談社現代新書、2010年)

・社会心理学の山岸俊男と、ハーバード大学社会学部長で日本社会研究を専門とするメアリー・C・ブリントンの対談により、社会学的見地からリスク回避傾向のある現代日本社会を読み解く。当然ながら、比較の対象としてアメリカが引き合いに出されるが、あくまでも日本社会の問題点を浮き彫りにするためであって、「アメリカはこうなのに、日本はダメ」的な精神論として読んで欲しくないというメッセージが強調されている。

・個人主義的で流動性の高いアメリカの方が日本よりもリスクが大きい、と一般的には考えられやすい。ところが、アメリカは流動性が高い分、セカンドチャンス、サードチャンスが普通にある。対して日本では、一定の身分に就くことさえできれば安定性があるものの、それを失ったらセカンドチャンスは乏しい。従って、逆説的だが、ワンチャンスしかない日本の方が実はリスクがはるかに大きく、それが日本人のリスク回避傾向として現れていると指摘される。セカンドチャンスへの支援が社会構造に組み込まれていないにもかかわらず、終身雇用の終焉、非正規雇用の拡大といった形で労働市場の効率化が進められている矛盾に一つの問題点が見出される。

・ストロングタイズ(身内同士のつながり)では均質的な情報しか得られないのに対して、ウィークタイズ(ゆるやかな人間関係)の方が情報の幅は広く、様々な可能性があるので重要(経営学の組織論でよく指摘される論点だ)。

・欧米ではコミュニティーや職場でアフェクション(情愛関係)を得るのが難しくなっているので家族の重要性が意識されている→意外と出生率が高い。

・集団主義的秩序(司法制度未確立の状態→仲間うちの信頼関係を基盤にするため、背いた者への村八分、身びいきが倫理的)と法制に基づく普遍的秩序の相違。

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門田隆将『この命、義に捧ぐ──台湾を救った陸軍中将根本博の奇跡』

門田隆将『この命、義に捧ぐ──台湾を救った陸軍中将根本博の奇跡』(集英社、2010年)

 1949年、中華人民共和国建国の高揚感もあって破竹の勢いにのる共産党軍。対して国民党軍は潰走続きだが、防備の脆弱な厦門からの撤退を早期決断、金門島で防備を固めて共産党軍を撃退、海峡両岸対峙の状況が固定化された。日本敗戦後、密かに台湾へ渡って金門島・古寧頭戦役で作戦指導を行なった根本博を描いたノンフィクション。

 根本の活躍を描く筋立ては読む前からだいたい予想していたのだが、旧台湾総督府関連人脈に焦点を当てているところに本書の新味がある。根本は結果として蒋介石に協力したことになるが、根本の台湾密航を手引きした台湾人たち自身の目的はあくまでも台湾防衛であって、国民党にはむしろ反感を持っていたらしい。このあたりの思惑のギャップが興味深い。

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