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2010年10月31日 - 2010年11月6日

2010年11月 6日 (土)

春日孝之『イランはこれからどうなるのか──「イスラム大国」の真実』、宮田律『アメリカ・イラン開戦前夜』

春日孝之『イランはこれからどうなるのか──「イスラム大国」の真実』(新潮新書、2010年)
 著者は毎日新聞のテヘラン支局長を務めた経験があり、特派員としてイランの人々と話をした感触を基にイランの政治社会の内在的な考え方を見つめようという姿勢を持っているので興味深く読んだ。関心を持ったポイントを箇条書きしておくと
・イランではイスラムだけでなく、古代ペルシア帝国に思いを馳せるナショナリズムも国民統合のロジックとして活用し始めている(イスラム革命初期にはナショナリズムは否定されていた)→アラブ人に対する優越意識。アメリカ映画「300」「アレクサンダー大王」で描かれたペルシア人イメージに不快感。
・「シオニスト」と「ユダヤ人」の区別。前者はイスラエルという侵略者なので否定する一方で、イラン国内に住むユダヤ人への配慮。イラン在住ユダヤ人は、キュロス大王がバビロン捕囚からユダヤ人を解放したという歴史を語る。
・イラン人は本当はアメリカ文化が好き。
・ウソも平気で使う生活感覚→極端な言動も額面どおりには受け止められない。アフマディネジャドの放言癖はイラン国内でも不評。「ホロコーストはなかった」等の発言→単に思いつきで口走ったものが、予想外に海外から大反響があったので味をしめただけではないか?

宮田律『アメリカ・イラン開戦前夜』(PHP新書、2010年)
 タイトルは挑発的だが、アメリカとイランとがすれ違ってしまうそれぞれの内在的要因、具体的にはアメリカにおけるネオコンやユダヤ・ロビーの活動、イランにおける反イスラエル・イデオロギー、核開発問題、革命防衛隊、他方で改革派の動向などについて整理してくれる。アメリカの同盟国であると同時に中東諸国から受けの悪くない日本の積極的な中東関与の必要が指摘される。

なお、イランをめぐる情勢に関して最近読んだ本を以下に箇条書き。
・レイ・タケイ『隠されたイラン──イスラーム共和国のパラドックスと権力』Ray Takeyh, Hidden Iran: Paradox and Power in the Islamic Republic, Holt Paperbacks, 2007→こちら
・レイ・タキー『革命の守護者:アヤトラたちの時代のイランと世界』Ray Takeyh, Guardians of the Revolution: Iran and the World in the Age of the Ayatollahs, Oxford University Press, 2009→こちら
・ヴァーリ・ナスル『ザ・シーア・リヴァイバル:イスラム内部の衝突がいかに未来を決めるか』Vali Nasr, The Shia Revival: How Conflicts within Islam Will Shape the Future, Norton, 2007→こちら
・ジョン・W・リンバート『イランとの交渉:歴史の亡霊に取り組む』John W. Limbert, Negotiating with Iran: Wrestling the Ghosts of History, United States Institute of Peace Press, 2009→こちら
・スティーヴン・キンザー『すべてシャーの臣:アメリカによるクーデターと中東テロの起源』(Stephen Kinzer, All the Shah’s Men: An American Coup and the Roots of Middle East Terror, John Wiley & Sons, 2008→こちら
・スティーヴン・キンザー『リセット:イラン・トルコ・アメリカの将来』Stephen Kinzer, Reset: Iran, Turkey, and America’s Future, Times Books, 2010→こちら

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伊勢﨑賢治『国際貢献のウソ』

伊勢﨑賢治『国際貢献のウソ』(ちくまプリマー新書、2010年)

 現場経験豊富な著者がNGOのマネジメント、国際協力ボランティアのあり方、硬直化した国連のジレンマ、ODAのあり方や自衛隊の使い方についての提言といったテーマで語る。タイトルは「暴露もの」風でやや挑戦的。もちろん、著者が何者か知っていれば誤解することはないだろうが、「国際貢献」「ボランティア」といった言葉で一般に流布された精神論的な聖なるイメージではかえって問題のありかが誤解されかねないという問題意識が込められている。現場ではミッションの目標をとにかく効率的かつ着実に実現させる必要があるわけで、割り切ったマネジメントの感覚が求められるという指摘は建設的だ。

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2010年11月 5日 (金)

【映画】「マザー・ウォーター」

「マザー・ウォーター」

 そろそろ桜の花もひらこうとする季節、古びた家もまじる京都の商店街で何とはなしにつながりを持つ人々。ストーリーをたどっても、取り立てて何かが起こるわけではない。ただ、静かに穏やかな空気の中でやわらいだ落ち着き、その純粋型を取り出して映像に仕立て上げたという感じだ。この人たちはどうやって生計を立てているのだろう?なんて突っ込みは野暮。しょせん虚構に過ぎないとは思いつつも、映像から流れ出てくるゆったりとした空気に身を任せていればそれでいい。

 職場を出る間際に朝日夕刊をパラパラめくっていたら、ナイーブなゆるさにイラつくという趣旨の辛口な映画評を見かけたので、映画館に入るまで少々不安だった。実際に観てみると、思っていたほど悪くはない。少なくとも私は嫌いではない。ただ、観る人の性格やその時の気分によって反応は大きく分かれそうだ。まったりとした空気そのものに馴染めない人には退屈だろう。気分が滅入っていて心を落ち着けたい場合なら良いと思うが、攻撃的に内向した苛立ちを抱えている場合にはかえって癇に障って逆効果かもしれない。

 ロハス志向の人には受けるのか、観客の大半は若い女性で占められていた。キャスティングの顔触れといい、さり気なく出てくる食べ物や飲み物をいかにもうまそうに見せる演出といい、荻上直子映画のコピーに過ぎないのではないかという印象も受けた。

【データ】
監督:松本佳奈
出演:小林聡美、小泉今日子、加瀬亮、市川実日子、永山絢斗、光石研、もたいまさこ
2010年/105分
(2010年10月5日、シネスイッチ銀座にて)

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2010年11月 4日 (木)

边境的甘地,穆斯林的非暴力主义

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  我看过一张照片,像大树一样高的人跟莫罕达斯•甘地(Mohandas Gandhi)一起在谈话。他有很大的身体和很凛然的胡须,但是目光很温和,这个对照很有魅力。我以前在李察•艾登堡禄(Richard Attenborough)拍的奥斯卡最佳影片奖(Academy Award for Best Picture)电影《甘地传》里看过他的姿态。

  他叫Khan Abdul Ghaffar Khan(1890~1988),是普什图人(Pashtun,在阿富汗和巴基斯坦住的民族),很虔敬的穆斯林。他在英领印度殖民地的西北边境省(现在巴基斯坦领)跟甘地呼应开展非暴力主义运动,所以人们叫他“边境的甘地”。很多人们思慕他很清贫的生活态度和很诚实的人品。

  Khan在白沙瓦(Peshawar)近郊的富裕地主家庭出生。他毕业英国人经营的基督教学校以后,入了英国殖民地的军队。普什图人由于尚武的风尚很有名,他盼望跟英国人在对等的立场活跃。但是歧视的情况把他的愿望打破了。英国人的恩师劝他去英国留学,不过他的母亲反对得可激烈了,所以他死了心。Khan的哥哥Saheb先去英国学习医学,跟英国人结婚。母亲说:“他已经不是穆斯林了”。

  很年轻的Khan苦恼很深。他一边学习伊斯兰的教义,一边思量普什图人的将来。普什图人受英国的压迫,有的普什图特权阶级跟英国协作。另一方面,守旧的宗教领导(mullah)搁置人们的贫困、无知、暴力和没有独立精神的情况。我要做什么?他想首先开始教育。但是Khan的进步思想导致了殖民地当局、守旧的宗教领导、双方的敌意,所以他不能招集到学生。

  甘地是那个时候从南非回国的。Khan听到甘地的传说,他关心甘地的清贫生活态度。Khan苦恼自己的思想模糊,但是他一跟甘地主张的非暴力主义共鸣,他的思想就明确了。Khan主动向很多的人们讲非暴力主义。他的心情是宗教的,但是他也主张近代改革的必要。为了恢复普什图民族的自尊心,他发行了自己言语的报纸。

  普什图人由于尚武的风尚很有名,但是因为他们很粗野的习惯(比如说血腥复仇)被轻蔑。Khan认为这么风俗的根源是人们的无知。另一方面,他想在尚武的风尚中看出来一些美德,比如说牺牲自己,有耐心,有勇气。我们要给这些美德怎么意义?Khan的答案是非暴力主义。他招致年轻人组织Khudai Khidmatgar(上帝的奴仆),是非暴力主义的战士、没有武器的义勇军。

  那个时候英国殖民政府在印度实施食盐专卖制度。印度的人们要付很贵的钱买生活必需品,觉得非常不满。英国政府的法律不讲理,印度人都不想服从。一九三十年甘地一开始食盐进军, Khan就在西北边境省率领Khudai Khidmatgar呼应甘地的食盐进军。英国军队攻击Khudai Khidmatgar,很多的队员死伤了,但是他们不反击。英国人被他们的沉着态度震惊了,印度人鼓起勇气了。英国殖民政府逮捕Khan,不过Khudai Khidmatgar坚持非暴力主义。英国当局施加压力,支持Khan的人们增多了。

  印度国民大会党跟英国政府妥协的时候,很多的政治犯获释了。Khan也是这些人们之一。但是英国殖民政府不许他回西北边境省,所以他在甘地的家住。Khan跟甘地在那儿一起工作常常谈话,他们互相收获很大。一九三七年实施地方选举的时候,Khan的哥哥Saheb当选为西北边境省长(他从英国回国跟弟弟协作),然后Khan可以回西北边境省了。

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  一九四七年英国殖民统治结束,印度和巴基斯坦、两个国家一起独立了。但是甘地和Khan反对两个国家的分离。英国统治在印度留下了于“分而治之”根源的对立感情。印度教徒和穆斯林的关系非常险恶,就发生暴动了。Khan跟甘地一起去各地努力劝说非常兴奋的人们安静。在西北边境省穆斯林是多数派、印度教徒是少数派。两个集团的对立也很险恶了,那Saheb号召Khudai Khidmatgar保护印度教徒。不过分离独立的路线不变。一九四八年甘地被暗杀。

  Khan的故乡、西北边境省归属巴基斯坦,不过普什图人住的范围根据巴基斯坦和阿富汗的国界分离。Khan主张普什图人都在一个国家一起住,实施民主的自治。因为这些主张对两国政权不好,那他根据背叛罪被逮捕好几次,有关Khudai Khidmatgar的人员都被镇压了。

  一九八八年Khan在白沙瓦(巴基斯坦的城市)的医院去世。他的遗言是,他想把他的遗体埋葬在贾拉拉巴德(Jalalabad,阿富汗的城市)。一九七八年苏联侵入阿富汗以后国内情况很混乱。但是送葬Khan的那天各个势力都停火了。

  苏联侵入阿富汗以后内战发生了,这些情况让很多的难民离开故乡逃去巴基斯坦的西北边境省。没有父母的孩子们是在那儿的难民营成长的,非常恶劣的生活环境让有的孩子们加入了塔利班(Taliban)。塔利班的活动有很过激的行为,所以最近有的论者对伊斯兰在原教旨主义和恐怖主义的脉络理解。但是普什图人不只有塔利班,还有Khan和Khudai Khidmatgar。伊斯兰也有宽容和非暴力主义的思想,但知道的人们很少,我觉得很遗憾。

  以上、中作文の練習。大意は以前に日本語でこちらに書いたのと同じなので参照のこと。

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2010年11月 3日 (水)

田代和生『書き替えられた国書──徳川・朝鮮外交の舞台裏』

田代和生『書き替えられた国書──徳川・朝鮮外交の舞台裏』(中公新書、1983年)

 文禄・慶長の役の後、関係修復が図られても日本・朝鮮双方の主張が食い違う中、仲介をした対馬の宗氏が国書の問題となりそうな箇所を改竄して交渉を継続、以後、この方式が定着したことはよく知られている。

 ところが、宗氏の当主義成と不和であった家臣柳川調興が国書改竄・偽造の事実を幕閣に暴露、宗氏内部の御家騒動が外交問題にまで発展してしまった。柳川氏は宗氏の家臣であると同時に、対朝鮮外交で示した手腕が評価されて幕府からも領地を拝領するという特殊な立場にあり、直参旗本になるため宗氏に対してたびたび領地返還を願い出ていた。ここには、幕府直参として対朝鮮外交を一手に行ないたいという柳川調興の野心があったのだが、幕府は柳川ではなく宗氏の方を選んで事件を落着させる。当時、朝鮮は宗氏を「朝貢国」になぞらえた外交儀礼を行なっており、宗氏もこれを受け入れることで特権的な立場を保持していた。言い換えると、小中華意識を持つ朝鮮と日本、双方の間でワンクッションおく結節点に対馬の宗氏が立つことで日朝間の外交が成立しているという事情を幕府は重視したのである。御家騒動をめぐる人物群像のやり取りを活写、そこから当時における東アジア国際秩序の一端が垣間見えてくる。27年前に出た本だが、いま読んでも面白い名著である。

 松方冬子『オランダ風説書』を読み、長崎通詞が情報の取捨選択という形で幕府と外国との異なるロジックのトランスレーターをしていたことから、そういえば日本と朝鮮との間でも対馬の宗氏が似たようなことをしていたなと思い返し、手に取った次第。

 田代和生『倭館──鎖国時代の日本人町』(文春新書、2002年)は江戸期日本の対朝鮮外交の最前線となっていた釜山の倭館の日常を詳細に描写している。例えば、食文化交流史などの点でも面白い。本草学に関心を持った徳川吉宗の命令で朝鮮半島の動植物を調べに行ったことなどは初めて知った。

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松方冬子『オランダ風説書──「鎖国」日本に語られた「世界」』

松方冬子『オランダ風説書──「鎖国」日本に語られた「世界」』(中公新書、2010年)

 「鎖国」政策をとっていた江戸時代の日本にとって東アジアよりもさらに広い世界情勢をうかがう覗き穴の役割を果たしていたオランダ風説書。1641年以降、200年以上にわたって国際情勢を定期的に報じ続けたメディアという点では世界史的にも珍しいものだろう。

 本書ではオランダ風説書が三段階に分けて検討される。「通常の」風説書は、まず長崎の通詞とオランダ商館長とがまとめるべき内容を相談し、下書き、加除修正、清書した上で幕府へと送付された。相談しながら情報を取捨選択していたのでこの際には原本などはなかった。ところが、アヘン戦争など東アジア情勢の激変を受けてバラフィアのオランダ政庁は対日貿易方針を見直し、商館長の裁量には任せず正確な情報を日本側に伝えようと考えた。政庁側で作成された時事ニュース的な書類が長崎に送付され、これを通詞が翻訳(別段風説書)。見慣れぬ用語がたくさん出てきたので翻訳は難航したらしい。1858年の和親条約締結を機に別段風説書の送付は中止されたが、それでも情報を欲しがる幕府のため、最後の風説書は長崎商館が新聞などを基に独自に作成、これが第三類型とされる。

 オランダ側には貿易独占のためポルトガル、イギリスなど競争相手の動向を「告げ口」しようという思惑があり、他方で幕府側には当初はカトリック宣教師の密入国阻止、さらには国際情勢の知識入手自体にオランダとの交易の利点を見出し、双方の思惑の一致したところで風説書は継続されていた。第一に、幕府の「鎖国」政策における「仮想敵」がカトリックから次第に「西洋近代」へと移行したことで日本の防備の弱さを幕府自身が認識するようになっていたこと、第二に、長崎という都市と通詞の存在が幕府と外の世界とを結ぶ緩衝材的な役割を果たしていたこと、以上の様子がうかがえるのが興味深い。

 なお、江戸幕府の対外政策については最近、ロナルド・トビ『「鎖国」という外交』(全集日本の歴史第9巻、小学館、2008年)、大石学『江戸の外交戦略』(角川選書、2009年)を読み、いずれも興味深かった(→こちら)。

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平井久志『なぜ北朝鮮は孤立するのか──金正日 破局へ向かう「先軍体制」』、アンドレイ・ランコフ『民衆の北朝鮮──知られざる日常生活』、綾野『中国が予測する“北朝鮮崩壊の日”』

 平井久志『なぜ北朝鮮は孤立するのか──金正日 破局へ向かう「先軍体制」』(新潮選書、2010年)は金正日の権力掌握過程の描写を通して北朝鮮の問題点を浮き彫りにする。彼は金日成から徐々に権限を受け継ぐ一方で、「主体思想」と並ぶ指導理念として「先軍思想」を掲げ、自らの権威付けも図っていく。ただし、「先軍政治」による軍の肥大化は、彼がもう一つ掲げる「強盛大国」に必要な民生部門を掘り崩しており、両立は不可能である。誰が後継者になるにしても、ポスト金正日体制で改革を断行すると大きな混乱が生ずるだろうという。金正日自身も世襲ではあるが、彼は身内のライバルを蹴落としながら奪権したという自負があり、それだけの「政治的」実績を持つ者は後継者候補の中にはいない。金正日は目的のためには手段を選ばないという意味ではプラグマティストである。絶対的な権力を掌握している彼が存命中のうちに改革や対外関係改善の流れをつくっておかねばどうにもならないと指摘される。訪朝時に目撃したという「年齢破壊現象」はショッキングだ。「苦難の行軍」の時期に生まれた子供たちは栄養不良の中で成長したため、知能・体力等の低下が著しいという。仮に体制崩壊、南北統一となっても、金正日体制による負の遺産は当分の間引きずらざるを得ないのは間違いない。

 同盟国であったはずの中国やソ連でも北朝鮮の極端なまでのスターリニズム体制には異様なものを感じ、軽侮の対象にすらなっていたらしい。下掲ランコフ書によれば、ソ連で売り出されていた北朝鮮の自国宣伝の雑誌はロシア市民に好んで読まれていたという──共産主義のカリカチュアとして笑うために。北朝鮮からソ連に来た人はたとえモスクワでも自由を感じ、北朝鮮当局はソ連・中国ですら亡命者を誘発するとして監視に怠りなかった。

 アンドレイ・ランコフ(鳥居英晴訳)『民衆の北朝鮮──知られざる日常生活』(花伝社、2009年)の著者は1984年にソ連から交換留学生として金日成総合大学に留学、その後はレニングラード大学、オーストラリア国立大学、現在は韓国の国民大学で教鞭をとっており、北朝鮮・韓国双方の事情を知悉した上で北朝鮮事情を分析、本書も留学時の見聞も踏まえながら日常生活から政治・経済システムまで網羅した現代北朝鮮概論となっている。抑圧的な体制下でも何とか生活をやりくりする人々の姿を紹介する一方で、やはり成分による差別、「ビッグ・ブラザー」の監視など暗い影は否めない。拉致、日本人妻、脱北者などの話題にも触れている。一つ気にかかったのは脱北者について。1970~80年代は脱北者が少なかく宣伝価値があったので厚遇され、また脱北の機会のあった人たちはみなエリート階層の出身だった(海外勤務、軍人、パイロットなど)のに対し、1990年代からは中国経由の脱北者が多数韓国へ流れ込み、宣伝価値は低下。エリート出身者はもともと技能を持っているので韓国社会でも成功は可能であったが、一般庶民層は韓国の競争社会に適応できず、一つの社会問題になっている。このことを踏まえ、仮に北朝鮮の体制移行があったとしても、指導的地位に就くのは現体制を支えるエリート階層出身者となる、「偉大なる首領様万歳」がそのまま「民主主義万歳」となり、秘密警察出身者が企業経営者になったりという事態が考えられる(ソ連・東欧圏の崩壊も考慮)。現体制が自由化を進めたらその時点で体制崩壊が起こるだろう、従ってそのことに気づいている現体制は一般庶民の苦しみを無視するからこそ支配体制は安定しているという逆説も指摘される。

 綾野(富坂聡編訳)『中国が予測する“北朝鮮崩壊の日”』(文春新書、2008年)は、中国の現役軍人による北朝鮮情勢分析レポート。金正日の瀬戸際外交に中国も振り回されていることを指摘しているので、中国では公刊されなかったらしい。北朝鮮の「先軍政治」は民生部門に大きな打撃を与えており、資本主義的な改革開放を進めるにしても、肥大化した軍の既得権益とぶつかるので軍の反発が予想され、改革を強引に進めたら政権崩壊を招くだろう。もちろん、現状で立ち行くはずもない。日本外交については、日本は北朝鮮を脅威視する一方で、北朝鮮は日本を恫喝すれば済むと考えているという非対称性が指摘されている。

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趙甲済『朝鮮総督府・封印された証言』

趙甲済(姜昌萬訳)『朝鮮総督府・封印された証言』(洋泉社、2010年)

 タイトルを見て朝鮮総督府の機構内部に関する内容なのかと思ったらそうではなくて、日本による植民地支配の時代につながりができた日韓の人脈関係を取材したレポート。戦後の韓国政府に入った朝鮮総督府の官吏や警察、軍人の軌跡、伊藤博文の孫へのインタビュー、一進会で日韓合邦運動を進めた李容九の息子・大東国夫の晩年、瀬島龍三のことなど。日本の植民地支配に対する批判の一方で、むしろ「親日派」疑惑を政治利用する韓国内の進歩派に対する異議申し立てという問題意識の方が強い。そう言えば、この著者の書いた朴正熙の評伝をむかし読んだ覚えがあるが、進歩派批判という点では一貫しているのか。学生のとき、林鍾国『親日派』という本を図書館でたまたま見つけて好奇心で手に取ったが、徹頭徹尾糾弾口調なのにおそれをなした覚えがある。このあたりにテーマを日本人の立場で論評するのは難しそうというか、面倒くさそう。

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2010年11月 1日 (月)

【映画】「クロッシング」

「クロッシング」

 ニューヨーク、ブルックリンの犯罪多発地域では、白人警官が黒人青年を射殺した事件に住民が反発して騒然としている。この地域を管轄するニューヨーク市警の警察官三人。定年退職を間近に控えたエディ(リチャード・ギア)は、役立たずの自分に対して自己嫌悪を感じているが、ある日、拉致されて行方不明となっている女性を見かけ、連れ込まれた先へとつけて行った。家族のために大きな家に引っ越したいのだが資金繰りに悩んでいるサル(イーサン・ホーク)は、マフィアのアジトの強制捜査のどさくさにまぎれて金を盗もうと思っていたが、ある日、作戦が中止、やけになって一人で強奪に行った。マフィアの大物キャズ(ウェズリー・スナイプス)の下におとり捜査で潜り込んでいるタンゴ(ドン・チードル)は、信頼していたキャズが殺され、その報復を心に決めた。同じ市警に勤務しながら接点がなかったが、奇しくも同じ日、同じ場所に向かった三人、それぞれの運命が交錯する。

 アントワーン・フークワ監督の映画では以前にデンゼル・ワシントン、イーサン・ホーク主演の「トレーニング・デイ」を観たことがあるが、悪徳ベテラン刑事と新米刑事との立場が逆転して様がスリリングに描かれてとても面白かった覚えがある。この「クロッシング」も単なるクライム・サスペンスというよりは、三人それぞれの心の軌跡を描くヒューマン・ドラマとしてよく出来ている。社会派的背景を持った群像劇という点では、例えばある事故をきっかけに人種の坩堝としてのアメリカの姿を浮き彫りにしたポール・ハギス監督「クラッシュ」に興味を持った人ならこの映画も面白く感じるかもしれない。

【データ】
監督:アントワーン・フークワ
2008年/アメリカ/132分
(2010年10月30日、新宿・武蔵野館にて)

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菊池俊彦『オホーツクの古代史』

菊池俊彦『オホーツクの古代史』(平凡社新書、2009年)

 唐の長安に流鬼国なるところから朝貢使節が来たという記述が中国の史書にあり、この流鬼国のさらに北には夜叉国なるものがあったという。流鬼国とは何か、カムチャツカ半島にあったのか、それともサハリンにあったのか? 本書は、文献史学や考古学の成果を踏まえて従来の学説に一つ一つ検討を加える作業を通して、環オホーツク海古代文明の輪郭を浮き彫りにしていく。オホーツクの古代文化にはいまだに謎が多いようだが、この海域にも様々な文化の交流があったこと、北東アジアの民族興亡からの影響もあったことが少なくともうかがえる。北方文化については日本史のスタンダードから外れるからだろうが、興味は感じていても手頃な類書がなくて、ちょっと勉強してみようという気持ちはおこらないままだった。地味ではあるがこういう本はありがたい。

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【映画】「1978年、冬。」

「1978年、冬。」

 1978年、文化大革命の混乱もそろそろ終息しようかという時期。舞台は中国北部の工業都市。ほこりっぽい工場の煙突からは濛々と煙が立ち上り、風景の寒々とした印象を一層強めてくる。父が反革命分子として下放されて知人に預けられる形で北京から来た少女と、彼女の垢抜けた美しさに憧れを抱く兄弟。

兄は工場勤務をいつもさぼって不良と罵られている。ラジオをいじっているのは狭い街から抜け出して外の世界を見たいという鬱屈した気分の表れであり、北京から来た彼女への憧れにもそうした気持ちが関わっているのだろう。工場街の光景は無機的で冷たく、しかも季節は冬である。しかし、少年・少女それぞれが抱える、息苦しさの中でのもがきと淡い恋心との絡まった心象風景として重ね合わせてみると、そこからはパセティックな感傷が静かに浮かび上がってきて、この冷たい風景も実に美しく感じられてくる。ヒロインの沈佳妮が醸し出す清潔感あるかわいらしさも目を引いた。

【データ】
原題:西幹道
監督:李継賢
2007年/中国・日本/101分
(DVDにて)

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【映画】「ジャスミンの花ひらく」

「ジャスミンの花ひらく」

 1930年代、映画女優を夢見た少女・茉、映画会社社長の愛人になったが、戦火拡大の混乱の中、捨てられてしまう。その娘の莉は中華人民共和国建国後に優良党員と結婚するが、生活境遇の違いや不妊の悩みから不和となり、夫婦ともに自殺してしまう。残された養女の花は祖母の茉によって育てられるが、花もまた日本に留学した夫から離婚を求められる。ジャスミン=茉莉花から名前をとった祖母=茉、母=莉、娘=花をチャン・ツーイーが一人三役、茉の母と年取った茉はジョアン・チェンが一人二役。要するに、女三代、男運が悪かったね、という程度の話。ストーリー的に大した深みはない。メガネっ娘チャン・ツーイーに萌え。それだけ。

【データ】
原題:茉莉花開
監督:侯咏
2004年/中国/129分
(DVDにて)

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【映画】「幸せはシャンソニア劇場から」

「幸せはシャンソニア劇場から」

 1930年代のパリ、人民戦線のレオン・ブルムが首相に就任する一方、ファシストが集会を開くなど落ち着かない不景気な世情、そうした中でシャンソニア劇場も財政難から閉鎖を迫られていた。行き場のない失業者たちが集まって劇場再出発に乗り出し、ある日やって来て出演することになった少女の歌声が評判を呼ぶ。劇場再建に人生を賭けた人々の人間模様を描いたヒューマン・ドラマ。ところどころ挿入されるミュージカルが彩りを添える。ストーリーの盛り上げ方のテンポが良くて、なかなかよく出来ていると思う。

【データ】
原題:Faubourg 36
監督:クリストフ・バラティエ
2008年/フランス/120分
(DVDにて)

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2010年10月31日 (日)

渡辺靖『アメリカン・デモクラシーの逆説』、堀内一史『アメリカと宗教──保守化と政治化のゆくえ』

 アメリカは建国の理念に普遍主義的志向がうたわれていたこと、さらには現代世界における存在感の大きさから、アメリカの政治や社会がはらむ理念と現実との落差はダブルスタンダードだという批判を世界中から招きやすい。しかし、むしろその落差にこそアメリカ社会が抱える生身の葛藤がうかがえるのだろう。

 渡辺靖『アメリカン・デモクラシーの逆説』(岩波新書、2010年)はそうしたアメリカ社会の矛盾や逆説を幅広いテーマから内在的に描き出す。保守派が示す、連邦政府に対する懐疑とアメリカ第一主義の両立、新自由主義と「家族の価値」重視の結び付き。孤独な個人主義の不安。アメリカは「近代」の先進的モデルである一方で、保守派教会も増加しつつある二面性(「再魔術化」?)。人種問題、貧困、宗教的原理主義の台頭などによって多様性が損なわれかねない一方で、同時に多文化主義そのものが「普遍主義」「原理主義」化したらこれもまた抑圧の言説ともなり得る逆説。そして、アメリカの行き過ぎを批判する「反米」的な議論枠組みは他ならぬアメリカから現れている。プラスか、マイナスか、どちらかの固定的イメージに収斂させてしまうのではなく、矛盾と葛藤の真っ只中にある姿を出来るだけありのままに描こうとする視点を著者が持っているのは、それだけアメリカ社会に備わったバランス感覚に信頼を置いているからであろう。

 アメリカで大型選挙が行われるたびに宗教票の行方が報道でも話題となる。アメリカ事情に不案内な私などはそのたびに近代的リベラリズム対保守的宗教原理主義という二元対立的な構図を暗黙のうちに思い浮かべやすいのだが、堀内一史『アメリカと宗教──保守化と政治化のゆくえ』(中公新書、2010年)を読むと、そんなに単純ではないことが分かる。本書は19世紀の進化論裁判から現代に至るまでのアメリカにおける政治とキリスト教との関わりについて政治学的・社会学的議論を参照しながら整理してくれる。教義上の問題だけでなく、人口動態、メディア、社会的イシューの変化に教会がどのように対応したのか、様々なダイナミズムが働いていたことがうかがえる。

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【映画】「攻殻機動隊 Ghost in the Shell 2.0」

「攻殻機動隊 Ghost in the Shell 2.0」

 言わずと知れた押井守によるサイバーパンク・アニメの名作。むかし観た覚えがあったが、TSUTAYAの棚を物色していたら準新作となっていたので借り出した。2008年の「スカイ・クロラ」公開に合わせてリマスターされたバージョンで、ストーリー上の変更はない。映像や音響のどこがどのように変わったのか私には分からないのだが。

 この映画には、第一にバーチャルな電脳社会における存在論・認識論という点で現代思想系の人たちが、第二に近未来都市論という点で建築畑の人たち(例えば、五十嵐太郎)がよく言及する。私は後者の視点で興味を引く。半ば水没した東京、中国系住民が多数来住しているという設定で、ゴチャゴチャした街並のすぐ真上を飛行機が飛ぶところなどは香港をモデルにしているのか。

【データ】
監督:押井守
1995・2008年/85分
(DVDにて)

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【映画】「ロスト・メモリーズ」

「ロスト・メモリーズ」

 舞台はソウル、ただし、街中の看板やネオンは日本語ばかり、人々も日本語を話し、事件がおこって駆けつけたパトカーの車体には「京城府警察」とある。「不令鮮人」(不逞鮮人?)の武装闘争を取り締まる警察内部で朝鮮系日本人の葛藤──。安重根の伊藤博文暗殺は失敗、第二次世界大戦で日本は連合国側に立って勝利、現在も日本による朝鮮半島支配が続いているという設定の“歴史のイフ”的パラレル・ワールド。日本語氾濫の街並は新宿ロケだな。なぜか今村昌平がゲスト出演していた。一つの歴史シミュレーションを映像化したものとして面白いが、こんなの日本で作ったら大問題だろう。しっかり抗日の味付けはされているから韓国内右派の反発も抑えられたということか。どうせ歴史シュミレーションするなら伊藤博文ばかり悪者にしないで、近代化に失敗した李朝体制の機能不全立て直しというところまでさかのぼれ、と言ったら怒られちゃうかな。

【データ】
監督:イ・シミョン
出演:チャン・ドンゴン、仲村トオル、他
2002年/韓国/136分
(DVDにて)

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【映画】「ブレス」

「ブレス」

 自殺未遂を繰り返す死刑囚と、元恋人だと偽って彼のもとにたびたび訪れる女性の話。実際にはあり得ない設定だが、キム・ギドク監督の映画は寓話性が強く、ストーリーの背後にどんな解釈が可能かと深読みの余地があるところに魅力を感じている。ただ、この作品の場合、私があまり気合を入れないで観たせいか、いまいちよく分からなかった。主役は台湾のチャン・チェンで、韓国語はおそらくできないからであろう、無口な死刑囚という設定だ。そういえば、キム・ギドクは「悲夢」でもオダギリ・ジョーを主演に起用、他の出演者はみな韓国語だが彼だけセリフは一貫して日本語、二つの言語を平行させることで『荘子』にある「胡蝶の夢」にヒントを得た二重世界のモチーフをたくみに表現していた。それぞれ台湾、日本を市場として見込んでの起用だと思うが、~人として登場させるのではなく、属性を捨象して物語に取り込んでいけるのはキム・ギドク作品で展開される寓話の完成度がそれだけ高いからだ。

【データ】
監督:キム・ギドク
2004年/韓国/86分
(DVDにて)

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【映画】「ほえる犬は噛まない」

「ほえる犬は噛まない」

 ポン・ジュノの長編初監督作品らしい。舞台は高層団地、飼い犬が次々といなくなってしまう事件が発生、管理事務所に勤める女の子が事件解決に奔走する、という話。退屈な日常の中でちょっとした事件から垣間見える悲喜劇という感じか。ストーリー的にはあまり面白いとは思わなかったが、気取らず一生懸命な女の子を演ずるペ・ドゥナが良い。ソウル・オリンピックを機に表通りから犬鍋屋が消えたと聞くが、警備員やホームレスが犬を捕まえてこっそり犬鍋を食べようとする設定はそのパロディーか。

【データ】
監督:ポン・ジュノ
2001年/韓国/110分
(DVDにて)

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バートン・ゲルマン『策謀家チェイニー──副大統領が創った「ブッシュのアメリカ」』

バートン・ゲルマン(加藤祐子訳)『策謀家チェイニー──副大統領が創った「ブッシュのアメリカ」』(朝日選書、2010年)

 著者はジャーナリスト、本書のもととなった連載でピュリッツァー賞を受賞。原題のAnglerは「釣り人」という意味。チェイニーの趣味が釣りだったのでシークレット・サービスがつけたコードネームらしいが、あちこちに餌や罠を仕掛けて人を動かそうとする彼の強引な政治工作のイメージを重ねて「策謀家」と意訳されている。ブッシュ政権に巣食ったネオコンを中心とする勢力の元締めとしていまや悪名高いチェイニーだが、ブッシュの大統領選出馬からイラク戦争失敗に至るまで政権内部における彼の動きを逐一たどったノンフィクションである。副大統領には本来それほど活躍の場があるわけではない。しかし、直観で動くブッシュに代わって、緻密で計算高くしかもアグレッシブに精力的なチェイニーが各省庁に配置した人脈を通じて政権の具体的な采配を進めていく。とりわけ政府におけるホワイトハウスの一貫した優越性、安全保障体制強化に彼はこだわり、邪魔する者は容赦なくつぶしていく。彼の強引な行動力は、見ようによっては痛快にすら感じられてしまうほどだが、その行き過ぎが誤った情報に基づくイラク開戦、アブグレイブやグアンタナモの「捕虜」問題につながり、ブッシュ政権の失墜、アメリカ政治への不信を招いてしまう。例えば、ボブ・ウッドワードのブッシュ政権ものやジェームズ・マン『ウルカヌスの群像』といったタイプの政権内幕ものノンフィクションが好きな人には興味深く読めるだろう。

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