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2010年1月24日 - 2010年1月30日

2010年1月28日 (木)

クリストファー・W・ヒューズ『日本の再軍事化』

Christopher W. Hughes, Japan’s Remilitarisation, Routledge, 2009

・日本の安全保障政策は近年どのように変化しているのか? その背景と要因をデータに基づいて現状分析したモノグラフ。掲題訳はちょっとこなれていないが、要するに、日本の軍事的存在感が再び高まりつつあるという趣旨。
・まず、戦後における抑制的なシステム(例えば、内閣法制局による抑制的憲法解釈や文官優位という形の官僚制度におけるシヴィリアン・コントロール、防衛費のGNP比1%枠、非核原則など)を振り返り、その上で、①防衛費支出、②軍事力の規模や展開能力、③市民との関係(かつてのような自衛隊アレルギーはなくなった)、④防衛産業との関係(軍産複合体はアメリカとのクロス・ナショナルな形を取りつつある。ミサイル防衛システムの導入はアメリカの軍事戦略に組み込まれることを意味する)、⑤国連やアメリカとの対外的協力活動、⑥国内的なコンセンサス(世論の変化→タブーはなくなりつつある)、など様々な論点から近年の変化が検討される。
・北朝鮮問題(不審船事件→海上保安庁により戦後初めての武力行使→世論の反対もなく、一つのメルクマールとなる)や中国の台頭(東アジアにおいて日中の静かな軍拡競争が進行中と指摘。ソマリア沖への日本の艦船派遣にあたっては、中国が先に派遣を決めたことが決定的だった)が背景として大きい。
・日本の軍事的存在感は高まりつつあり、政権交代があってもこの長期的な傾向は変わらないと結論付けられる。ただし、日本は民主主義国家であり、戦前のような軍国主義に後戻りすることはない。日本国内でも自主防衛論はなりをひそめ、むしろアメリカのグローバル戦略と結びついたものになる(日本は北朝鮮や中国と単独でわたり合うつもりはないし、アメリカは日本を中国に対するカウンター・パワーとして利用できる)。従来の日米同盟において、日本は憲法上の制約から財政支援・基地提供等にとどまる事実上片務的に近い形を取り、同時に、中国・韓国など周辺諸国に向けては日本の軍国主義復活への重石という説明がなされていた。今後、日米同盟は日本の能動的な役割分担を見込んだ双務的なものへと変質していくだろうし、国際社会も日本の軍事的存在感の高まりを一つの前提として考慮しなければならない。他方で、こうした情勢が周辺諸国に懸念をもたらすことを日本自身も認識しておかねばならない。

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2010年1月27日 (水)

頼明珠《流轉的符號女性:戰前台灣女性圖像藝術》

頼明珠《流轉的符號女性:戰前台灣女性圖像藝術》藝術家出版社、2009年

 著者は村上春樹作品の翻訳者とは同姓同名の別人のようだ。戦前の台湾美術史に表われた“女性”像の後景にひそむロジックを析出し、“女性”を取り巻いてきた抑圧的な言説を読み解こうとする趣旨の論文集である。分析手法にはカルチュラル・スタディーズやフェミニズムの色合いが濃厚。表題ともなっている第6章はこの観点からの図像分析に基づく、清代及び日本統治期における台湾美術史の簡潔な通史ともなっている。

 日本統治期に画家を志した女性の大半は日本画(戦後は“膠彩画”と呼ばれた)を学んだ。台北第三高等女学校の美術教師だった日本画家の郷原古統によって彼女たちの才能が見出されたからだが、郷原のもと以外で女性が美術を学べる場所がなかったからだとも言える。

 本書の全体的な論点としては、第一に、伝統的な儒教道徳における男尊女卑の父権制によって女性は家庭に縛られていたこと。幸運にも社会へ出るチャンスがあったとしても、第二に、植民地支配下の政治・社会環境では何を描くかということ自体に時局的な制約があったこと、以上が指摘される。男性優位の権力と政治の権力。近代化はすでに胎動し始め、知識階層には女性解放の思潮が芽生えてはいても、こうした二重の権力の壁にぶつかって立ちすくみ、自由に絵画表現の才能をのばせなかった女性たちに焦点が当てられる。中には、陳碧女のような例もある(第3章「父権與政権在女性畫家作品中的効用」)。彼女は父・陳澄波からじかに西洋画の手ほどきを受けたが、裏返せば父の模倣に過ぎない=父の束縛から逃れられなかった。その父は二・二八事件で処刑された=政治の圧迫を目のあたりにして、彼女は絵筆を折ってしまった。

 以上のような二重の制約に圧倒された中でも、陳進の存在感が特筆される。台湾第一の女性画家として著名な彼女だが、単に才能が注目されたというだけではない。第一に、自分の能力を確信して、思うものを表現するために旧社会の伝統を打ち破って自ら進んだこと。第二に、技法として日本画を学んでも(郷原の勧めで日本へ留学し、鏑木清方門下の伊東深水と山川秀峰に師事)、それを通して自分自身の境地を切り開き、原住民を含めた台湾の女性を描いてエキゾティシズムではなく自身の郷土としての台湾を表現したことが評価される。

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2010年1月26日 (火)

李欽賢《追尋台灣的風景圖像》

李欽賢《追尋台灣的風景圖像》台灣書房、2009年

 著者の《台灣美術之旅》(雄獅図書、2007年→こちら)は、美術家たちそれぞれゆかりの土地でのエピソードと、彼らの時系列的な位置付けとを組み合わせる構成がよく出来ていて、台湾を旅しながら台湾美術史の流れを把握できるという面白い本だった。恰好な入門書だと思う。

 本書《追尋台灣的風景圖像》も、台湾の風土とそこに向けられる眼差しとしての美術という取り合わせは同じだが、むしろ前者の風土の方に重きが置かれている。眼差しのあり方としては美術ばかりでなく、絵葉書とスタンプ、鉄道やバスと観光、近代建築の出現と街並みの変化など様々な視点を取り上げ、当時におけるエピソードも合わせてつづった歴史エッセイ集に仕上がっている。台湾人の美意識を掘り起こすというコンセプトは、民主化以降の本土化の流れを体現していると言える。

 近代化へと向けて風景が大きく変わり始めた日本統治期の話題が多い。近代西洋画の技法を身に付けた台湾人の画家たちはこの時代から輩出したという事情がある。それから、台湾人が当たり前に思っていた目前の風景に、外来者である日本人がエキゾチックな美を見出し、そうした眼差しに今度は台湾人も触発されたという側面もあったのだろうか。台湾で多くの弟子を育てた石川欽一郎は水彩画で南国的な田園風景を描いた。フォービズムの鹽月桃甫は原住民に関心を寄せたらしい(霧社事件の報復爆撃で逃げ惑う原住民の母と幼な児を描いた「母」という作品が目を引く)。立石鐵臣は生活光景や民具をシンプルな版画のカットで表現した(立石は『民俗台湾』の主力メンバー。彼については以前にこちらで取り上げた)。

 話が脱線するが、梅原龍三郎が台展(台湾美術展覧会)の審査員として来るなど意外と台湾と縁がある。以前、三峡の李梅樹美術館に行ったら、李宛ての梅原の葉書が展示されていた。梅原は李が東京美術学校で学んでいた時の恩師で、三峡の実家まで案内したらしく、その時のお礼状だった。それから、師範大学教授として北京へ行った郭柏川はやはり北京訪問中の梅原と交流があり、郭の作品には梅原の影響が濃厚に表われているという。別の関心事だが、江文也も当時北京師範大学の教授で郭の同僚だったし、梅原とも知っていたはずだから、この辺の交友関係もどんなものだったのかという興味がわいた。

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2010年1月24日 (日)

ジグムント・バウマン『幸福論──“生きづらい”時代の社会学』

ジグムント・バウマン(高橋良輔・開内文乃訳)『幸福論──“生きづらい”時代の社会学』(作品社、2009年)

 原著タイトルはThe Art of Lifeである。邦訳タイトルも本の装丁も“やさしい”感じだが、バウマンの議論で示される現状分析は決して“やさしい”ものではない。内容的な方向性としては、『リキッド・モダニティ』(大月書店、2001年)をはじめ先行する一連の著作の延長線上にある。例えば、経済構造の変化によって常に個人のアイデンティティに変化が強要されている流動性、“ファッション”が社会的承認(→自己アイデンティティ形成)の基準となっている消費社会、等々の論点は最近の社会学的議論に慣れた人にとって特に目新しくはないかもしれない(こうした社会状況の中での“成功”感情が通俗的な意味での“幸福”だと言える)。

 後半では哲学者たちの思索が取り上げられ、最後はレヴィナスでしめくくられる。不確実性の中でこそ、内的な自発性に基づいて選択を行なうのが“道徳”であり、自分自身が確信している道徳感情によって後悔しない振る舞いを取るところに“幸福”なるものが見出される。例えば、ナチスに迫害されたユダヤ人を危険も顧みずに匿ったポーランド人の出身背景は様々で、彼らがなぜそのような行動を取ったのか、そこに社会的因果関係は何も見出せないのは魅力的な謎だという指摘が目を引いた(188~194ページ。なお、バウマン自身、ユダヤ系ポーランド人である)。

 バウマン言うところの“リキッド・モダニティ=液状化した近代”によって個人が目まぐるしく“変化”を迫られている中でも、個人の側にそうした強制に納得できない、従順にはなれない何かがある、それを様々な論点を提示しながら間接的に指し示し、読者自身に自分なりのあり方を考えさせようというところに本書の意図があると言えるだろうか。

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裵淵弘『朝鮮人特攻隊』

裵淵弘『朝鮮人特攻隊―「日本人」として死んだ英霊たち』 (新潮新書、2009年)

 日本の植民地支配下にあった戦時下では“日本人”として死ぬことを強要され、戦後になると今度は“親日派”狩りの中で国賊とみなされてタブー視されてしまった朝鮮人の特攻隊員たち。民族差別を見返してやろうと軍人を志して、親友に「天皇のために死ぬわけにはいかない」ともらす人もいた。歴史のエアポケットの中にはまり込んでしまった彼らの死を、本書は手掛かりが乏しく遺族の戸惑った視線も受ける中で掘り起こしていく。

 朝鮮半島にしても、あるいは台湾にしても、“日本軍”として従軍した人々に関する研究には、戦後におけるイデオロギー的なものが否応なく政治的論争を引き起こしてしまう。外的な制約というばかりでなく、後世の後知恵で脈絡付けようとしたくなる我々自身の視点に絡みつく価値観というレベルも含めて。彼らが内面的に抱えていたものまで迫るのは本当に難しいが、それが面倒だからと言って目を背けてしまうわけにはいかない。

 韓国航空史という点でも興味深く読んだ。女性飛行士の先駆け・朴敬元は被支配民族、ましてや女性でも自分の夢をつかもうと懸命だったし、それに先行する韓国初の飛行士・安昌男という人物は独立運動のため閻錫山のもとに逃れていった(と言われている)という謎めいたところが興味深い。安昌男が飛行士になろうと志したきっかけはアメリカ人飛行士アート・スミスの曲芸飛行だったという。ちょうど同じ頃、台湾初の飛行士となる謝文達もやはりアート・スミスの曲芸飛行を見て触発されたということを陳柔縉『人人身上都是一個時代』(時報文化出版、2009年)で最近読んで知ったばかりだった。

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浜井浩一『2円で刑務所、5億で執行猶予』、浜井浩一編著『家族内殺人』、芹沢一也『暴走するセキュリティ』、他

 統計的に過去と比較すると凶悪犯罪は減少しているにも拘わらず、マスコミを中心に「治安が悪化している、それはモラルの低下に問題がある」といった趣旨の話が巷間流布している。浜井浩一『2円で刑務所、5億で執行猶予』(光文社新書、2009年)は、そうした“神話”を具体的な根拠に基づいて解きほぐしていく。タイトルからは何の本だかよく分からないが、犯罪学の知見から様々な論点を提起しており、犯罪・司法・更生という一連の流れを概観する上でとっかかりになる。犯罪抑止に関して経済学者と犯罪学者とでは同じ統計的手法を用いても想定する人間像が異なる(前者は合理的人間モデルを取るのに対し、後者は人間存在の不合理な側面を考慮に入れる)ので結論も違ってくること、判決以前に犯罪者と関わる警察官・検察官・裁判官と以後に関わる矯正職員・保護観察官とでは犯罪者へのイメージが異なること、といった論点に関心を持った。

 凶悪犯罪が減少しているにも拘わらず、なぜ体感治安が増加しているのかについては河合幹雄『安全神話崩壊のパラドックス──治安の法社会学』(岩波書店、2004年)が一つの試論を提示していた(→こちら)。社会に居場所がなく刑務所に入らざるを得ない触法障害者や「刑務所太郎」(刑務所生活では優等生なのに、社会的に適応できない人々)については、浜井浩一『刑務所の風景──社会を見つめる刑務所モノグラフ』(日本評論社、2006年)、山本譲司『獄窓記』(新潮文庫、2008年)、同『続 獄窓記』(ポプラ社、2008年)が具体的な状況を描いている。

 浜井浩一編著『家族内殺人』(洋泉社新書y、2009年)は親殺し、児童虐待、嬰児殺、高齢者の殺人、無理心中やDV、更生といった問題についてそれぞれ現場を知っている専門家が執筆。家族内殺人は昔からある。それは家族という濃密に閉じられた人間関係の中で生じた複雑なトラブルに起因する問題で、時代的なモラルとは次元が異なる。統計的にはむしろ減少傾向にあるにも拘わらず、やはり上掲書と同様に「家族の絆が崩れている」と通俗化されてしまった“神話”が実際の状況から乖離しており、かえってその実像がなかなか理解されないという問題が指摘される。

 芹沢一也『暴走するセキュリティ』(洋泉社新書y、2009年)は、廃刊された『論座』連載「犯罪季評 ホラーハウス社会を読む」を基にまとめられている。“犯罪”に向けられた社会的な眼差しの内在構造を腑分けしていく論点を示していく。江戸時代の死刑は見せしめのための公開処刑として権力誇示のセレモニーだったのに対し、現代の刑罰観は囚人の矯正→しかし、死刑=生命の剥奪は矛盾してしまう→死刑へのためらい、隠蔽、という論点に興味を持った。

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