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2010年8月29日 - 2010年9月4日

2010年9月 2日 (木)

台南雑感

  以前我去过一次台南、是台湾很有名的古都。荷兰人和郑成功在这儿设置过据点,清代的台湾府(台南府)是台湾的行政中心。十九世纪末年行政中心迁移到台北以后,台南的地位落后了。台南的名胜古迹是在两个地域分布的,台南车站附近的赤崁地区和海边的安平地区。两个地区之间往昔有很大的湾,现在被泥沙埋没了。我在台南车站下车,首先去了安平地区。从车站到安平地区的距离很远,所以我不是徒步去的那儿,是坐巡回巴士去的。

  大航海时代的十七世纪来航台湾的荷兰人在海边建造了很坚固的要塞,叫热兰遮城(Fort Zeelandia)。在这座要塞附近成立的老街是台南城市的开端,也就是现在的安平地区。郑成功驱逐荷兰人占领了这座要塞。他给热兰遮城起了安平城的名字以后,郑氏政权在这儿设置了据点。现在这座遗址构成安平古堡公园。我们在这儿能看见荷兰时期的墙壁,可是没有当时的建筑。

  台南原来是由于海外贸易热闹起来的。安平古堡附近有西洋商人的老洋馆,比如说英国商人的德记洋行(Tait & Co. Merchant House)。现在德记洋行里有台南历史的展示。邻接的旧仓库现在是安平树屋、榕树缠绕的建筑。建筑在台湾一被放弃,亚热带的湿润气候就让树木在这里繁茂了。很漂亮的绿叶装饰着红砖的墙壁。我看见那个样子,觉得树木好像想让废墟复苏。郁郁葱葱的南国风景让我们心境很温暖。

  安平古堡附近有老街。我在这儿的食堂第一次吃了蛎阿煎、台南有名的小吃。这是牡蛎的蛋饼,好像是加牡蛎的日式杂样煎菜饼(お好み焼き)。牡蛎养殖在台南一带很兴旺。根据有的传说,跟荷兰人战争的时候郑成功军队的兵士吃牡蛎的办法是蛎阿煎的开端。

  然后我坐出租汽车去了亿载金城。十九世纪欧美列强进出东亚,加之一八七四年日本向台湾出兵。清朝警戒日本的对外侵略,李鸿章向台湾派遣了沈葆祯、洋务官僚之一。沈葆祯一上了任,他就在台湾加固防备。他是那时候建立亿载金城的。他不是用中国传来的方法建造的这座要塞,是用西式筑城技术建造的。亿载金城建的形式跟日本北海道的五棱角一样(但是亿载金城是“四”个棱角),我觉得很有意思。五棱角是江户幕府建造的。亿载金城和五棱角都有当时最新的西式筑城技术。清朝和江户幕府都向近代化努力,但是只引进西式技术,政治改革不好。两个政权都有一样的缺点。

  然后我离开安平地区去了台南车站附近的地区。赤崁楼是这儿最有名的名胜古迹。赤崁楼原来是荷兰人建造的普罗民遮城(Fort Provintia)。现在赤崁楼的建筑形式有中式风格,我们看不见荷兰时期的气氛。但是红砖的色调给游客留下了很鲜明的印象。这儿的气氛让有的文学家感到有异国情调,比如说佐藤春夫写的一篇小说。

  赤崁楼附近有一家有名的老字号、度小月。听说度小月第一个想出了担仔面的做法。我在这儿吃了担仔面。以前我在台湾各地的夜市吃过几次担仔面,但是我在这儿吃是第一次。

  我访问了国立台湾文学馆。台湾文学研究的展示在这个馆里很充实。台湾是很小的岛国,但却是一个多文化、多言语的社会。展示的内容是关于这项主题的,我觉得很有意思。我们在这个馆里用音响装置能听到台湾社会有的种种言语。原住民的族群有个别的语言。汉语有几个方音,在台湾土著的汉族说闽南话、客家话,一九四五年以后从大陆来的人们说普通话和其他出身地的方音。往昔只短期有荷兰人和西班牙人。还有说日语的一些老人。是这些语言的复音响声构成台湾社会的。最近认识到那样的复数性让有的学者用多文化主义理论解释台湾历史的重层结构。

  延平郡王祠祭祀郑成功。日本统治时期这座庙叫“开山神社”。因为郑成功的母亲是日本人,日本政府是为了殖民统治利用郑成功的名声的,叫他列入了日本神道。我在延平郡王祠看见了蒋介石写的扁额。蒋介石是对自己持论的“反攻大陆”联接的郑成功,主张“反清复明”。中国共产党跟中国国民党同意郑成功是驱逐外国侵略者(荷兰人)的中华民族英雄。有的台湾人把郑成功评价为开拓台湾的始祖,但是有的台湾人认为郑成功也是侵略者之一。延平郡王祠里有郑成功文物馆。这家文物馆展示着他的生平和时代背景,还有当时的船的模型。这些展示把郑成功当做开拓海洋文明的先驱。时代一变迁,人物评价就有变化了。立场不同,解释也不同。我觉得理解历史可难了。

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2010年9月 1日 (水)

【映画】「子猫をお願い」

「子猫をお願い」

 ソウル郊外のインチョンに育った女の子仲良し五人組。高校卒業後、それぞれの道を歩んでいたが、20歳になって久しぶりに集まった。ジヨンはテキスタイルの才能があるのに両親をなくし、病弱の祖父母を抱えて生活が思うようにならず、大手証券会社のOLとなったヘジュの当てつけるような高慢な態度に我慢がならない。物事を大らかに受け止めるテヒが二人の間に立つが、彼女も家族の中で疎外感を抱いていた。ある事件をきっかけにジヨンが逮捕されてしまった。釈放されたが身寄りをすべて失い、たった一人となった彼女を迎えに行ったテヒは胸にある決意を秘めている。──一緒に新しい世界へ行こう。

 自分にとってかけがえのないものは何か?という問いはもちろん青くさいが、その青くささが許されるのは少女時代の特権である。しかしながら、生活環境の異なる友人との落差、家族の束縛、経済的な問題、そういった現実社会の厳しさに直面して夢見る将来が許されなくなり、青くささがそのまま重苦しさへと変質していったとき、「青春」は終わった。それでも、漠然としてはいてもひたむきな何かへとぶつかっていきたいというパセティックな心情、テヒやジヨンが抱えているのはそうした焦りだろう。仲間内で子猫を受け渡すのは、それぞれが遠いところに行ってしまっても友達だという気持ちの表現か。テヒ役のペ・ドゥナは、屈託のなさそうなパーソナリティーの中でも時折浮かぶ憂い顔がとても印象的で、この映画の青くささと切なさとが流れる情感にぴったりだ。

【データ】
監督・脚本:チョン・ジェウン
2001年/韓国/112分
(DVDにて)

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【映画】「好男好女」

「好男好女」

 侯孝賢監督による台湾現代史三部作は、ある家族の物語を通して二・二八事件の時代背景を描き出した「悲情城市」(1989年)、布袋戯の名優で侯孝賢映画にもたびたび出演した李天禄の日本統治期における半生を描いた「戯夢人生」(1993年)と続き、この「好男好女」(1995年)がラストとなる。

 テーマは国民党政権下、1950年代の白色テロ。藍博洲『幌馬車の歌』を原案として、この粛清の嵐が吹き荒れた時代に処刑された鍾浩東とその恋人の蒋碧玉に焦点が合わされる。前二作が時代を真正面から描写しようとしていたのに対し、こちらでは現代の女優(伊能静)が映画で蒋碧玉を演じるという設定で、彼女のプライベートと過去の事件とが交錯する二重進行のストーリー構成となる。女優自身が恋人を失い、拠り所ない感覚を引きずった悲しみと、蒋碧玉が恋人であると同時に革命の同志でもあった鍾浩東を失い、そうした事態を冷静に受け止めようとする悲しみ、時代を超えて二つの悲しみのあり方が浮き彫りにされる。

 今の時点から観てみると、侯孝賢もすでに古典になりつつある、つまりもう昔の映画になりつつあるという感じもするな。蛇足ながら、ネット上の感想を見ていたら、蒋碧玉たちが抗日戦に参加するため大陸に渡った際、中国軍の将校がねちっこく質問するシーンについて脚本が下手だ云々というコメントを見かけた。あれは①言葉がうまく通じない、②台湾出身者は常に日本のスパイと疑われていたという二つの背景をたくみに凝縮させたシーンだが、台湾史を知らないとピンと来ないかもしれない。中国語と一言で言っても方言的な差異が極めて大きく、戦後、台湾で大陸出身者と衝突した要因の一つだと言っても過言ではないくらいだ。例えば「悲情城市」も注意深く観ていれば同様のシーンがある。伊能静は日本ではあまり知られていないが、台湾の書店では彼女のエッセイ本なども見かける。「海角七号」でブレイクした田中千絵のはしりのようなものか。

【データ】
監督:侯孝賢
脚本:朱天文
1995年/台湾・日本/108分
(DVDにて)

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【映画】「亀は意外と速く泳ぐ」「図鑑に載ってない虫」

「亀は意外と速く泳ぐ」「図鑑に載ってない虫」

 三木聡の脚本・監督によるナンセンス映画を2本。「亀は意外と速く泳ぐ」(2005年/90分)。何事も「平凡」「そこそこ」の主婦(上野樹里)が、ある日、スパイ募集の貼紙を見つけて応募した。合格したところ、とにかく目立たず平凡にしているように言われるが、結局、やっていることはいつもと同じ、ではあるけど「平凡」とは何かを意識すればするほど意外と難しい、というコメディ。「図鑑に載ってない虫」(2007年/104分)。編集長から「死にもどき」とは何かを記事にまとめて来いといわれたフリーライター(伊勢谷友介)が出くわす不条理な取材日誌。バカバカしい小ネタもこれだけ連打されるとそれなりにリズムができて結構はまる。フィーリングの合わない人にはシラけるだけだろうが。三木聡の映画では麻生久美子のキャラクターを生かした「インスタント沼」が結構好きだった。(DVDにて)

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西川潤・蕭新煌編『東アジア新時代の日本と台湾』

西川潤・蕭新煌編『東アジア新時代の日本と台湾』明石書店、2010年

日台関係を軸に様々なジャンルの論考を集めた論文集。取りあえず目次だけ書き写しておくと、
第Ⅰ部 グローバル化時代の東アジアと日台関係
・西川潤「東アジアの平和と台中、日台関係」
・天児慧「東アジアをめぐる国際構造と中国・台湾」
・蕭新煌・蕭良其「馬英九政権と台湾・日本の関係」
・赤羽淳「台湾経済は空洞化するか?」
・佐藤幸人「高度化し、水平化する日台企業間関係」
第Ⅱ部 台湾人のアイデンティティーと日本
・黄智慧「ポストコロニアル台湾における重層構造─日本と中華」
・丸川哲史「台湾史と国共史の間─日本語世代から新台湾人世代へ」
・李明璁「台北西門町に見る東京的消費風景─脱領域から再領域化へ」
・陳培豊「演歌の在地化─重層的な植民地文化からの自助再生の道」
第Ⅲ部 植民地時代の台湾と日本
・西川潤「日本の台湾統治思想─後藤新平、田健治郎、矢内原忠雄」
・春山明哲「台湾旧慣調査の歴史的意義」
・陳艶紅「台湾文学史上における『民俗臺灣』」

 私が興味を持ったのは、日本と国民党による二重のポストコロニアル状況として台湾を捉える中で原住民、和佬人、客家人、(日本)内地人、外省人の5グループが交錯した複雑なエスニック関係に着目した黄智慧論文。脱領域的な消費文化として台北に東京が再現された西門町に注目(『Taipei Walker』などを分析)する李明璁論文。演歌を手掛かりに二重のコロニアル状況を分析した陳培豊論文。それから私個人の関心から陳艶紅論文。陳艶紅『『民俗臺灣』と日本人』(台北:致良出版社、2006年)は『民俗臺灣』に集った池田敏雄、金関丈夫、中村哲、立石鉄臣、国分直一などの具体的な人物像がまとめられておりとても参考になった(刊行地は台北だが、日本語で書かれている)。

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2010年8月31日 (火)

ジェイ・テイラー『ジェネラリッシモ:蒋介石と近代中国へ向けての闘争』

Jay Taylor, The Generalissimo: Chiang Kai-shek and the Struggle for Modern China, The Belknap Press of Harvard University Press, 2009

 現代史のキーパーソンであればあるほど、その人物評価には当人よりも論評者自身の価値観が色濃く滲み出て、時代の政治的対立関係が浮き彫りにされやすい。蒋介石もまたそうした例に漏れない。残忍な軍事独裁者とみなされればファシストと呼ばれるが、彼の質実剛健な生活態度から潔癖な人格だと持ち上げられることもあった。反共という論点はもはや時代遅れとなったが、今度は中華ナショナリズムと台湾ナショナリズムとがぶつかり合う中、陳水扁政権が進めた正名運動では蒋介石が標的にされ(この頃に総統府を見学した際、解説ボランティアの人が蒋介石の遺品の前で「このハゲが台湾人をたくさん殺した!」と激しく罵るのを目の当たりにして驚いたことがある)、それと連動するかのようにむしろ大陸の方では蒋介石再評価の動きも表われていると聞く。蒋介石評価をめぐる議論は今後も続くことだろう。

 本書の著者はアメリカの外交官出身の研究者で、蒋介石の生涯を浩瀚なボリュームの中で描き出していく。サブタイトルからうかがえるように、蒋介石の生涯は中国社会の近代化を目指す奮闘で一貫していたとするのが基本的な視点である。一次史料として日記を活用し、一つ一つの事件に対して彼がどのような感想を抱き、判断を示したのかが細かく描写されているところが本書の面白いところだ。

 生い立ちから日本留学時代、孫文への傾倒、軍閥割拠の中国で権力基盤確立への模索、対日戦争下での共産党との葛藤(周恩来との関係は黄埔軍官学校から西安事件、さらには戦後も秘密のやり取りが続く)。アメリカが派遣した軍事ミッションのスティルウェル将軍との不和はよく知られているが、戦後になって冷戦という時代環境下にあってもアメリカとの関係は複雑であった。大陸の共産党という敵は一目瞭然分かりやすいが、他方でアメリカともかなり微妙な神経戦をしていたことも見て取れる。アメリカの歴代政権は民主党も共和党も、反共のため台湾へてこ入れしつつ、中共との将来的な和解も視野に入れるという二面戦略を常に考慮していた。そして、アメリカの歴代大統領の中では副大統領時代から知っていて最も好意を寄せていたニクソンによって蒋介石は煮え湯を飲まされることになる。しかしながら、対日戦争での日本に対しても、戦後のアメリカに対しても、体面を傷つけられたときには激昂したジェスチャーを示す一方、内心ではじっと辛抱して屈辱を受け入れ、将来を期すというプラグマティズムが蒋介石にはあったとも著者は指摘する。

 本書のタイトルはThe Generalissimo、日本語では「大元帥」と訳されるだろうか。軍人としてのパーソナリティーが蒋介石の特徴ではあるが、それを本書では暴力的な軍事独裁者と捉えるのではなく、むしろ厳しい規律意識の方に結び付けられていると言える。例えば、儒教とキリスト教に共通して見出される規律と献身という徳目、日本の武士道への評価、共産党には反感を抱きつつも彼らが示した鉄の規律への関心、彼はこれらのような規律意識を確立することが中国の近代化に向けて必要不可欠だという考えから新生活運動を展開する(日本語文献では段瑞聡『蒋介石と新生活運動』[慶應義塾大学出版会、2006年]を参照のこと)。政権基盤の確立は大陸にいた頃にはなかなかうまくいかなかったが、台湾撤退後、国民党組織のレーニン主義的な民主集中制とも言える機構改革を通してようやく中央集権体制を確立させた(日本語文献では松田康博『台湾における一党独裁体制の成立』[慶應義塾大学出版会、2006年]がこの過程を詳細に分析している)。

 権力基盤確立の努力を通して蒋介石が終局的に目指していたのは一体何だったのか? それは、法の支配、教育程度が高く豊かで開かれた社会、多元的かつ秩序だった社会、そういった意味での近代的な中国社会であったと本書では指摘される。大陸が文化大革命という非理性的な混乱状況を呈しているのを横目で睨みながら、この撤退先の台湾において近代的な国民国家を実現させることによってこそ、自分たちの方針の正しさが世界にも大陸にもアピールできると考えていた。そのようにして近代的な中国社会の実現を目指して奮闘してきたのが蒋介石の生涯であった。台湾に市民社会が定着し、大陸でも資本主義を原理とした社会へと進みつつあるこの現代の趨勢をもし蒋介石が見たならば、毛沢東よりも自分の方がやはり正しかったと確信するだろう、とまで著者は言う。

 しかしながら、蒋介石の呼号した「反攻大陸」が現実には極めて困難な国際環境下、何らかの方針転換が必要であったのも事実である。蒋介石は大方針を示すが具体的な政権運営は部下に任せるというやり方を取っており、とりわけ晩年にその役割を任された蒋経国は台湾人社会からの支持を得なければ現体制の維持は不可能だという現実的な認識を示し、民生向上のための経済政策、さらには台湾出身者の政治登用を提言、具現化していく。そして蒋介石の死後、中華民国の“本土化”“台湾化”へとつながるわけだが、それは著者のThe Generalissimo’s Son: Chiang Ching-kuo and the Revolutions in China and Taiwan(Harvard University Press, 2000)でのテーマである。こちらの本も入手してはいるのだがやはり浩瀚なボリュームで、読み通すのに骨が折れそうだ。

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2010年8月29日 (日)

【映画】「瞳の奥の秘密」

「瞳の奥の秘密」

 裁判所書記官の仕事を定年退職したエスポシトは小説を書こうと筆を執った。想起されるのは25年前、ブエノスアイレスで新婚の若妻が惨殺された事件。残された夫の犯人逮捕への熱意に心を打たれた彼はトラブル続きでも捜査を再開した。そうした中で目にとまった被害者の若い頃の写真、そこに映っていたある男の情欲のこもった眼差しがどうしてもひっかかる。これを見て得た確信をきっかけに犯人逮捕へと結び付けた。ところが、ある日、ニュースを見て驚く。終身刑になったはずの犯人が、あろうことが大統領(おそらく、エヴァ・ペロン)の傍らに警護役として立っているではないか。そして、信頼していた部下のパブロは自分の身代わりに何者かによって殺害されてしまった。司法をめぐる政治の暗い闇──。事件に関連してもう一つ思い出されるのは、美貌の上司イレーネの存在。エスポシトは自らの想いを胸に秘めているつもりでも、その気持ちを雄弁に語ってしまう彼の眼差しにイレーネも気付いていた。しかし、大卒エリートのイレーネと高卒ノンキャリの彼との間には高い壁が立ちはだかっていた。時を経て再会した二人、エスポシトは追憶を込めた原稿をイレーネに見せる。

 基本はサスペンス映画ではあるが、むしろそれを換骨奪胎して、時を経ても人の気持ちの中にいつまでも引きずられ続けている追憶というテーマが前面に出てきている。過去の思い出が現在でも生き続けているのか、過去の呪縛から離れられないのか、どのように捉えるかは人それぞれだろうが、そこに一つの決着をつけようというのがエスポシトが小説を書く動機である。飲んだくれだが信頼できるパブロの憎めないキャラクターがストーリー展開の潤滑油として良い味を出している。1970年代のレトロスペクティヴな光景を再現、そこにかぶさる叙情的なメロディー、そうした中から抑え気味だが感傷的な情感が静かに浮かび上がってくる。見ごたえ十分な映画だ。

【データ】
原題:El SECRERO DESUS OJOS
監督:ファン・ホセ・カンパネラ
2009年/スペイン・アルゼンチン/129分
(2010年8月29日、TOHOシネマズ・シャンテ)

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