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2010年8月15日 - 2010年8月21日

2010年8月21日 (土)

江文也について中国語でちょっと作文

  江文也については以前、『上代支那正楽考──孔子の音楽論』(平凡社・東洋文庫、2008年→こちら)を取り上げたことがある。孔子を題材としながらも、そこを通して他ならぬ彼自身の音楽論を展開しているところが面白かった。また、周婉窈〈想像的民族風──試論江文也文字作品中的臺灣與中國〉《臺大歷史學報》第35期(2005年6月→こちら)という論文も興味深く読んだ。
 私自身、江文也に関心がある。彼を主人公にして東アジア現代史を眺め渡してみたら、音楽シーンばかりでなく、日本の海外侵略や中国の文化大革命など当時の政治的背景を絡めながら面白い見取り図が見えてくるのではないかと考え、少しずつ調べてはいるのだが、なかなかはかどらない。
 以下は、北京の孔子廟を訪れた際に江文也について簡単に中国語で書いた雑文。私は中国語の本をたまに読んだりもするけれど、それはあくまでも漢字で意味がとれるから類推しながら内容を読み取っているということであって、中国語そのものはあまりまともには勉強しておらず苦手。お暇な方に添削していただけたらありがたい。なお、日本で中国語を勉強する際にはどうしてもピンインと簡体字の組み合わせになってしまう。私自身としては繁体字の方が読みやすいのだが、キーボード入力するための注音符号が分からないので、あしからず。

  我去北京旅行的时候,访问了孔庙。孔庙的主体、大成殿里有古代礼乐用的乐器。
  我在孔庙里想起了江文也著的《上代支那正楽考:孔子の音楽》(他用日文写的这本书)和他作的交响乐《孔庙大成乐章》。从一九三〇年后半期到一九四〇年前半期,他常去孔庙查古代音乐史,依据他自己的调查写了这本书、作了这支乐曲。我读过《上代支那正楽考》的翻印本,觉得很有意思。他把孔子当做一个音乐家,以共鸣写这本书的观点很精彩。
  我看侯孝贤导演的电影《咖啡时光》的时候,初次知道了江文也的姓名。所向小津安二郎致敬描写生活在东京的电影,女主角在这部电影的故事里找寻江文也在东京的脚印。
  江文也是出生在台湾的音乐家。他去日本留学以后,在日本音乐界成名。一九三六年他作曲的《台湾舞曲》在柏林奥林匹克音乐部门获得奖牌。
  亡命俄人贵族的音乐家、亚历山大・齐尔品(Alexander Tcherepnin)在中国和日本发掘了很多有为的青年音乐家们,例如中国的贺绿汀、日本的伊福部昭等等。江文也是这些音乐家们之一。齐尔品在东亚找崭新的音乐,他不喜欢模仿西洋音乐。他劝青年音乐家们在中国和日本以自己民族的感性作乐曲。齐尔品在东京见到江文也、出生在台湾的汉人。齐尔品让江文也注目中华文明。江文也受齐尔品的启发,怀抱着关于中国浪漫情感,开始想去中国大陆。
  一九三八年江文也去北京当北京师范大学音乐系教授。日军侵略的时期,有的台湾人相信“台湾人是日中桥梁”的宣传去大陆。江文也也是这些人们之一。
  解放以后,江文也因为汉奸嫌疑被逮捕,但是马上获释。他继续在北京作曲。文化大革命时期他遭受迫害。他挽回名誉以后,在北京去世。他的生平充满波澜,我觉得非常有趣。

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2010年8月19日 (木)

王嵩山《台湾原住民:人族的文化旅程》

王嵩山《台湾原住民:人族的文化旅程》遠足文化、2010年

 台湾社会論で「族群」(ethnicity)という用語を用いる場合、本省人と外省人との対立関係に注目して中国大陸との統一か独立かという議論に結び付くことがかつては多かった。ところが、最近は多文化主義の枠組みの中でそうした本省人と外省人との対立も相対化していく傾向が見受けられる。その際、漢族が渡来してくる以前から住んでいた南島語族(オーストロネシア語族)系の原住民に着目し、歴史的パースペクティブの中で台湾という一つの島には多様な人々が重層的に折り重なってきたことを強調、そうした観点から漢族同士の対立関係も相対化、多文化主義というさらに広い枠組みの中で原住民などマイノリティーも含めた共存が説かれる。

 かつて四大族群という表現で外省人の他、本省人として福佬系、客家系、原住民に区別されたが、原住民に関しては現在、アミ族(阿美族)、パイワン族(排湾族)、タイヤル族(泰雅族)、タロコ族(太魯閣族)、ブヌン族(布農族)、プユマ族(卑南族)、ルカイ族(魯凱族)、ツォウ族(鄒族)、サイシャット族(賽夏族)、タオ族(達悟族、orヤミ族〈雅美族〉)、クバラン族(噶瑪蘭族)、サオ族(邵族)サキザヤ族(撒奇莱雅族)セデック族(賽徳克族)、以上14の原住民が認定されている。原住民は人口としてはわずか数パーセントに過ぎないにしても、それぞれに来歴も異なり、「原住民」という一言では括ることのできないユニークで互いに相異なる文化や社会組織を持っている。

 本書は台湾原住民についての概説書だが、そうした文化的多様性を強調しながら、経済活動(食生活や交換経済、分配のための社会組織)、信仰形態、芸術活動(器具や住居形式にも世界観が表現される)などそれぞれの面で各民族に独特な生活世界を紹介していく。民族としての固有性は伝統生活の見直し・維持という方向性を取るが、他方で、社会生活の近代化(例えば、学校給食や貨幣経済の浸透)によってそうした伝統が変容していくというジレンマも抱える。収入を得るため観光資源として自分たちの伝統を売り物にすると、伝統の通俗化という弊害が当然にもたらされる。それでも、マイノリティーの存在意義を積極的に認めていこうという多文化主義が定着しつつあるのは現代台湾社会の興味深いところだ(「姓氏」のない族群もいるのだから、「請問貴姓」というあいさつを当然のように使うのも差別的だという指摘もあった)。

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2010年8月17日 (火)

接接(JaeJae)《接接在日本:台灣、日本大不同》

接接(JaeJae)《接接在日本:台灣、日本大不同》(商周出版、2010年)

 台湾に行き、帰りの飛行機で暇つぶしになる本はないかなと探していたら、書店の新刊台に積まれていたので購入した本。タイトルを意訳すると、『接接が見た日本、台湾と日本は大違い!』ってところか。奥付を見ると、2010年7月20日初版で、8月2日初版9刷となっている。重版1回につき何部刷っているんだ? よほどのベストセラーなのか。

 日本人と結婚した台湾の女の子・接接が日本で暮らし始めて、日本語を猛勉強したり、台湾との生活習慣の相違に戸惑ったり、夫が実はゲーム・オタク(宅男)であることが判明して唖然としたり、と日本と台湾とのカルチャー・ギャップをコミカルに描いたイラスト・エッセイ。たとえて言うなら、小栗左多里『ダーリンは外国人』が夫婦間のカルチャー・ギャップを描いてベストセラーになったが、その設定を台湾人妻+日本人夫にしたような感じだ。

 職場の飲み会での飲酒前/飲酒後という日本人の変身ぶり。終電間際、泥酔者がゴロゴロしている新宿駅。食堂では真冬でも「おひや」が出るのに驚いたり、食べ残しを持ち帰りたいと言ったら日本人は恥ずかしがるのを不思議に思ったり。同僚とお弁当のおかず交換で鶏足を出したら「野蛮だ」と言われたが、そう言う日本人だって魚の生けづくりなんて残虐じゃないかと反撃。日本では台風休暇がないことに不満タラタラ、暴風雨の中でも頑張って出社しようとする人々を実況中継、等々。日本人自身でも意外と自覚していないポイントも結構ついてきて、彼女の驚きを通して台湾側の生活習慣も見えてくる。なかなか面白かった。この手のカルチャー・ギャップものは(悪意さえなければ)愉快に笑えるから好きだな。

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