« 2010年7月11日 - 2010年7月17日 | トップページ | 2010年7月25日 - 2010年7月31日 »

2010年7月18日 - 2010年7月24日

2010年7月24日 (土)

【映画】「トルソ」

「トルソ」

 東京のマンションで一人暮らし、セミの鳴き声が聞こえてくるじっとりと汗ばむような夏の日。普段から化粧っ気のないヒロコは、同僚から合コンに誘われてもやんわりとお断り。ガードが固いというよりも、他人と深く接触するのを避けている様子だ。一人きりのベッドの中でトルソに体を絡ませて寂しさを紛らわす日々。そうしたある日、妹が同棲中の彼氏と喧嘩したと言って転がり込んできた。脳卒中で倒れた父のこと、元カレのこと、妹のおしゃべりの一つ一つが癇に障る。やがて妹は切り出した、どうやら妊娠しているらしい──。

 誰かと深く関わり合いたいと思いつつもそれができないアンビバレンスをトルソ=顔のない人形が表わしている。ストーリーを単純化したなら、東京で孤独をかこつ女性の葛藤ということになるが、それだけでは身も蓋もない。

 監督は、例えば是枝裕和監督映画などの撮影監督で知られた人だ。街並や部屋の中を映し出す落ち着いたトーンがとても良い。彼女の周囲を様々に取り巻いているディテールを持った生活感覚が静かに描かれている。そうした映像が生きているからこそ、彼女の孤独志向にほの見える頑なな無理がいっそう際立って浮き彫りにされてくる。

【データ】
監督・撮影・脚本:山崎裕
出演:渡辺真起子、安藤サクラ、ARATA、蒼井そら、石橋蓮司、山口美也子、他
2009年/104分
(2010年7月23日レイトショー、渋谷・ユーロスペースにて)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年7月22日 (木)

片倉佳史『台湾鉄路と日本人──線路に刻まれた日本の軌跡』、宮脇俊三『台湾鉄路千公里』

 片倉佳史『台湾鉄路と日本人──線路に刻まれた日本の軌跡』(交通新聞社新書、2010年)は、台湾鉄路の路線一つ一つの建設過程を取り上げて、鉄道という観点から台湾史をたどっていく。本書は図版や当時の写真を豊富に収録、新書サイズでありながら情報量は充実していてお買い得感あり。口絵の地図を眺めると、日本統治期には平野部を中心に私設鉄道も張り巡らされていたのが意外に感じる。製糖会社の運搬用路線だから貨物優先で、ついでに旅客運輸も行っていた。モータリゼーションの進展でこうした路線は廃線されていったのだという。

 台湾鉄路の大半は日本統治期に基盤が作られており、台湾鉄道史を振り返ることは同時に当時の日本技術史を垣間見ることにもつながる。ただし、最初に鉄道を敷設したのは清朝の洋務派官僚・劉銘伝であるが、財政難や労働事情の困難、さらには鉄道に対する地元民の迷信的反感などの理由で中途で挫折してしまった。地元民の反感を押し切って鉄道敷設が可能となったのは、日本の台湾総督府が強権を振るったからである。

 話が少々脱線してしまうが、台湾史を考える上で鉄道敷設が持った重要な意義は、全島レベルで張り巡らされた鉄道網によって物流面において台湾が一つの経済単位にまとめ上げられたことである。それは現在にも続く一つの台湾意識、すなわち台湾アイデンティティ、台湾ナショナリズムの芽生えにつながった点で、日本統治期における鉄道網整備は実は無視できない要因なのである。

 台湾鉄路つながりでもう1冊。宮脇俊三『台湾鉄路千公里』(角川書店、1980年)。宮脇が台湾を旅したのは1980年6月。付録の地図を見ると、枋寮~台東間が未開通である。鉄橋ごとに警備兵がいるという物々しさにはまだ戒厳令下にあった時代をしのばせる。

 元祖“テツ”たる宮脇の目的はあくまでも鉄道全線踏破であって、台湾という土地柄そのものへの関心はあまりない。だから、日本人の台湾シンパにありがちな「日本は植民地で良いこともした」的論調とはそもそも次元が異なる。他方で、台湾事情への無知に由来するチグハグな言動も目立つが、それも見方を変えれば興味深い。

 日本語を話すのは35年ぶりだ、と言う親切な駅員さんに出会ったりする。それから、憲兵隊を除隊してタクシーを開業したという運転手さん。宮脇が「戦前世代でもないのに、どうしてそんなに日本語がうまいのか?」と尋ねても彼は話をそらしてしまう。宮脇は不思議そうに首をかしげるが、ひょっとしたら両親が日本びいきで、それがばれるのを恐れているのかもしれない。あるいは、白団出身だったりして。また、台東近くで隣に座った原住民系のおじさんが降車時に「サヨナラ」と声をかけてきた。宮脇が「再見」と返すと、彼は固い声音で「アナタ、北京ニ行ッタコト、アルノデスカ」。ないけど…と言いよどむ宮脇に彼は背を向けて再び「サヨナラ!」 戦後、国民党政権の中国語化政策によって、戦前世代の日本語話者は肩身の狭い立場に置かれていた。繰り返すが、宮脇が旅をしたのは1980年である。現在から振り返れば蒋経国がそろそろ本土化へと方向転換を模索していた頃だと分かるが、当時の台湾一般社会では戒厳令がいつまで続くのか分からない、そうした一種の恐怖感を引きずっていた時代である。

 そういえば、台湾鉄道つながりで、西川満『台湾縦貫鉄道』を読んでみたいと前から思っているのだが、未入手である。以前、台南の台湾文学館に行ったとき、この作品をテーマにした一画があったのを思い出した。ここにも、台湾アイデンティティと鉄道というテーマを読み取ることが可能である。

 来月、また台湾に行くつもり。行き帰りの飛行機だけは押さえてある。在来線幹線のうち新竹~台南間、枋寮~花蓮間はまだ乗ったことがないから、今回は台湾鉄道一周の旅としよう。調べてみたら、支線や阿里山鉄道などは改修工事や台風被害復旧などで運休路線が多いのが残念。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年7月19日 (月)

【映画】「ボローニャの夕暮れ」

「ボローニャの夕暮れ」

 ファシスト政権時代のボローニャ。黄昏色に憂鬱な映像のトーンは、時代の暗さを表現しているのか。美術教師ミケーレが勤める高校で女生徒が殺された。犯人は、あろうことか、娘のジョヴァンナであった。裁判にかけられたが、精神鑑定の結果、責任能力なしと判定され、精神病院に送られた。娘と向き合おうとしない妻を置いてミケーレは病院近くに移り住む。やがて戦争は終わり、ジョヴァンナは退院。父と一緒に暮らす二人の前に偶然現れたのは、別れた母が男と連れ立って歩く姿。ジョヴァンナは声をかけようと歩み寄る──。

 ジョヴァンナは容姿の美しい母と自分とを比較してコンプレックスを抱いていた。彼女の傷つきやすい純粋さ、それを父ミケーレのようにまっすぐな一途さと捉えるのか、それとも他の人たちのように思い込みが激しいエキセントリックな娘と捉えるのか。母の受け止め方はどうやら後者らしい。ジョヴァンナは母を慕うが、受け入れられないという葛藤。他方で、不器用だが愚直な父は娘のために一生懸命だ。ただし、最初、ジョヴァンナは犯人ではないという推測が成り立ったとき父は人目をはばからず乾杯したように、娘への無条件の愛情は見ようによっては身勝手とも言える。

 家族として無条件の愛情と責任感を意識した父の視点。それとは対照的に、外向きで移ろいやすい母の視点。「あの子は表面的なものしか見ない」という罵りは、他ならぬ母自身のことであろう。家族という内向きの結束ではなく、世間の動向という外向きの条件に左右される移ろいやすさは、例えば面倒を見てくれた隣家のセルジョが敗戦後にファシストとして銃殺されたとき彼を見殺しにしたエピソードにも表われている。父と母、二人の視点で板挟みになったところにジョヴァンナの問題があった。一方的に降り注がれる愛情と不器用な自己主張だけでは、ファシスト時代に象徴される全体主義的同調圧力の中ではもろい。冷淡には見えても母=世間体を受け入れたとき、ジョヴァンナはようやく大人になったと言える。

【データ】
原題:papa di Giovanna(ジョヴァンナのパパ)
監督・脚本:プーピ・アヴァーティ
イタリア/2008年/104分
(2010年7月19日、渋谷・ユーロスペースにて)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

小沢信男『東京骨灰紀行』

小沢信男『東京骨灰紀行』(筑摩書房、2009年)

 てくてく、てくてく、東京歩き。ただの文学・歴史散歩ではない。訪ね歩くは、死者の呼び声。別にホラーじゃないし、鎮魂といった深刻なものでもない。「桜の木の下には死体が埋まっている」とは梶井基次郎の小説にあるフレーズだが、この伝で言うなら、東京の下には死体が埋まっている、だからこそ、この都市の華やかでもあり時に虚しくもある、言い知れぬ厚みが形成されている。彼らにちょっくら挨拶でもしとかんと礼儀に外れるのではあるまいか。

 江戸時代の明暦の大火から上野の彰義隊、関東大震災、東京大空襲、最近では地下鉄サリン事件。事件史から見てもおびただしい人々が死んでいった。有名人の墓参りもするし、非業の死を遂げた人々も忘れてはならない。小伝馬町の牢獄、小塚原の刑場跡、遊女の投げ込み寺。普段は気にかけることのないネクロポリス東京、そこを勝手知ったる小沢じいちゃんがご近所をうろつくようにざっくばらんな語り口調で道案内してくれる。私も東京はよく歩き回り、本書に登場する場所もあらかた知っているが、結構見落としは多い。例えば、築地本願寺に台湾物故者の霊安所があるのは知らなかった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

吉川洋『いまこそ、ケインズとシュンペーターに学べ──有効需要とイノベーションの経済学』、根井雅弘『ケインズとシュンペーター──現代経済学への遺産』

 シュンペーターの言う企業者によるイノベーションは、既存の静態的な均衡状態を撹乱、この変革から新しい均衡状態に至るまでの適応過程として不況を捉える。つまり、経済循環に必要なプロセスとして不況を位置付けており、極論すれば放っておいても構わない。対してケインズは有効需要の不足として不況の問題を捉え、政策的働きかけの必要を指摘。吉川洋『いまこそ、ケインズとシュンペーターに学べ──有効需要とイノベーションの経済学』(ダイヤモンド社、2009年)、根井雅弘『ケインズとシュンペーター──現代経済学への遺産』(NTT出版、2007年)は、このように全く議論がすれ違うかのような二人の接点を見据えながら、有効なヒントを模索する。

 吉川書は最終章の結論部分で「需要創出型のイノベーション」というアイデアを提言しているが、本書の大部分は二人の学説形成の時代的背景を解説した、いわば学説史的な内容である。タイトルとかみ合ってない印象もあるが、私のように理論名や学者名など固有名詞は雑然と頭の中にたまっていても相互の関係がいまいちつかめていない経済学オンチが頭を慣らす上では読みやすいと思った。根井書もコンパクトに理論解説しながら、ケインズは短期理論、シュンペーターは長期理論という二分法を打ち破るという点で上記吉川のアイデアを高く評価している。サミュエルソンの新古典派総合(新古典派経済学とケインズ経済学の融合)は総合ではなくあくまでも並存に過ぎないと根井書では指摘されているのでメモ。

 ケインズの言うアニマル・スピリット、シュンペーターの言う企業者精神、これらがどのようなコンテクストの中で語られているのかを理解したいという関心が私にはあるのだが、その前提としてやはり経済学的理論構成もきちんと理解しておかねばならない。そうしないといい加減な印象論に陥ってしまう。面倒くさいな。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

ヤマザキマリ『テルマエ・ロマエ』

 最近どんなマンガが面白いのか情報に疎い。何かないかなあ、と思いながら書店で物色していたら、「マンガ大賞2010、手塚治虫文化賞W受賞」というポップにひかれて、ヤマザキマリ『テルマエ・ロマエ』(エンターブレイン、2009年)を買った。ラテン語で「ローマの風呂」という意味か? 

 古代ローマの風呂造り技師が毎回日本の銭湯や温泉にタイムスリップして、その風呂文化の先進性に驚く、という話。確かに風呂文化という点で古代ローマと日本とでは共通性があるし(高校の世界史で「カラカラは何した人か?」という質問に「お風呂をつくった人」と答えた同級生がいた。教科書の写真で見たカラカラ大浴場の印象が強かったのだ。ちなみに、答えは「すべての属州自由民にローマ市民権を与えた」)、例えば秋田のしょっつると古代地中海の魚醤の味が似ていることなど背景考証もしっかりしている。単に面白いというのではなく、こんなマニアックな題材でよくここまで描けるものだと感心した。

 感心ついでに同じくヤマザキマリの新刊『涼子さんの言うことには』(講談社、2010年)も買って読んだが、こっちはいまいちだな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ケインズは素人には難しいな

 経済学の基礎的訓練を受けていない私のようなド素人がケインズを理解しようとしてもなかなか歯が立たない。とりあえず、宇沢弘文『ケインズ『一般理論』を読む』(岩波現代文庫、2008年)、伊東光晴『現代に生きるケインズ──モラル・サイエンスとしての経済理論』(岩波新書、2006年)、吉川洋『ケインズ──時代と経済学』(ちくま新書、1995年)と立て続けに目を通した。それぞれ丁寧に書かれているのだが、失業や有効需要のあたりがいまいちピンとこない。これらの本が悪いのではなく、方程式をとばして斜め読みしたがる私が悪いのだが。式の展開をきちんとたどっていけばむしろ自明なのだろうが、数式嫌いには苦痛である。

 そんな私にとってロバート・スキデルスキー(山岡洋一訳)『なにがケインズを復活させたのか?──ポスト市場原理主義の経済学』(日本経済新聞出版社、2010年)はとても読みやすかった。山岡さんの訳文も実に練られている。著者はケインズの評伝で知られた人だが、経済学者としてではなく、経済学の分かる歴史家というスタンス。最近の世界的経済危機を深刻化させた元凶としての主流派経済理論家たちと対比させる形でケインズの意義を説く。

 新古典派経済学はあらゆる事象について確実な知識を持つ合理的人間モデルを理論的大前提としている。これに対して、事象の不確実性に対して人間はどのような態度を取るのか、そこにこそ注目したのがケインズの視野の特徴だとする点ではどのケインズ論も一致している。この不確実性を計算可能とみなし、その理論的前提が非現実的であるにもかかわらずこれこそが現実に適用すべき処方箋だとして強引に推し進めようとしたところに新古典派経済学の誤謬があるというのがスキデルスキー書の問題意識である。

 日ごろの経済活動はだいたい予測可能な中で進行するにしても、不確実性という壁に直面することがある。決断を下すには何らかの確信が必要だ。自分自身に判断の根拠がない場合に他人の行動をうかがいながら自らも振舞おうとすれば有名な「美人投票」のたとえ話になるし、「習慣」に従うのも(他人も「習慣」に従う可能性が高ければ)一つの合理的判断であるし、あるいは不確実性の中でも立ちすくまず、えいやっ、と突き進む気概に注目すれば、ここで「アニマル・スピリット」という表現が出てくる。

 ケインズが自らの議論の出発点に「不確実性」を置くことによって「理論」として硬直化させなかった背景としては、ブルームズベリー・グループの教養深い仲間たちとの交流、とりわけムーア、ラッセル、ヴィトゲンシュタインなどの哲学者と親交を持ち、ケインズ自身、論理学研究として『確率論』を著していたことも注目される。こうしたあたりについては伊藤邦武『ケインズの哲学』(岩波書店、1999年)がある。著者は分析哲学の方で有名な人だ。

 私がむかし、ケインズについて初めて読んだ論文は西部邁『経済倫理学序説』(中公文庫、1991年)所収の「ケインズ墓碑銘──倫理の問題をめぐって」だった(本書にはもう1篇「ヴェブレン黙示録」も収録されている)。西部の持論である大衆社会批判、知識人批判のコンテクストの中で、新自由主義に対しても自己破壊的な進歩主義の一つと捉えていた。経済学と倫理の問題もケインズを論ずる人が必ず言及するポイントである。それから、佐伯啓思『ケインズの予言』(PHP新書)も本棚のどこかにあるはずなのだが、見つからない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2010年7月11日 - 2010年7月17日 | トップページ | 2010年7月25日 - 2010年7月31日 »