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2010年6月27日 - 2010年7月3日

2010年7月 3日 (土)

【映画】「闇の列車、光の旅」

「闇の列車、光の旅」

 国境を越えてアメリカを目指す中南米の移民たち。隣国メキシコばかりでなく、ホンジュラス、グァテマラなどからもメキシコを通って陸路をたどる人々が多いらしい。父、叔父と一緒にアメリカへ行く途中のサイラ。「組織」を裏切って追われる身となったカスペル。移民のあふれかえる列車の屋根の上である事件をきっかけに出会った二人は、共にアメリカ国境の川までたどり着くのだが…。

 夜中、光を放つ列車が轟々たる音を響かせて駅へと到着する厳かなシーン。列車の屋根から見晴るかす沿線の牧歌的風景。山上にマリア像が見えると人々は居ずまいを正して十字を切る。時に詩情さえ感じさせる映像的美しさの一方で、彼ら移民たちがたどらざるを得ない「冒険」は文字通り命がけだ。しかも、旅路の果てにも厳しい生活が待っていることを冷静に知っている。残っても、進んでも、どちらであっても希望はない。ならば、取りあえず行くしかない──。

 絶対的貧困のため生きていく術のない人々。助け合って生きていかねばならないが、そのための寄り合いとして一つは家族。もう一つはカスペルが所属していたようなマフィア組織。ただしそれは、排他的暴力性と表裏一体をなす団結心である。人的ネットワークという点でも貧困と暴力とが織り成している負の連鎖。新天地に放り出されたサイラは果たして新しい家族を見つけ出すことができるのか。投げやりになってもおかしくないつらさ、その中にあっても二人がかわす眼差しのひたむきさが美しい。

【データ】
原題:Sin Nombre(名無し)
監督・脚本:キャリー・ジョージ・フクナガ
2009年/アメリカ・メキシコ/96分
(2010年7月3日、日比谷・TOHOシネマズ・シャンテにて)

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前嶋信次『玄奘三蔵──史実西遊記』、前田耕作『玄奘三蔵、シルクロードを行く』

 前嶋信次『玄奘三蔵──史実西遊記』(岩波新書、1952年)は高校生のときに読んでちょっとなつかしい本だ。主に『大唐西域記』の記述を踏まえ、東に大唐帝国、西にイスラム、南のインドは一時期ハルシャヴァルダナが登場したもののやがて分裂状態、北には遊牧民族、こうした各勢力の狭間にあった中央アジアを行く玄奘の旅路を語る。その頃、水谷真成訳『大唐西域記』も一応目を通そうとはしたが、さすがに基礎知識のない高校生には退屈だったので、私は前嶋書で玄奘の旅路をたどった。

 各地の文化・習俗を観察する玄奘の筆致(というよりも、帰国後の記録だから記憶)はマメで、『大唐西域記』の史料的価値は高い。前嶋書が文献史学的なのに対して、前田耕作『玄奘三蔵、シルクロードを行く』(岩波新書、2010年)はその後の考古学・言語学的研究の進展も合わせて活用しながら玄奘の旅路を再現してくれる。遺跡等の物的証拠と照らし合わせてみて玄奘の記録の細やかさ、正確さが改めてクローズアップされる。

 玄奘は三蔵法師として『西遊記』に登場するように、彼の求法の旅が直面した艱難の一つ一つには、イマジネーションを膨らませようという気持ちがかき立てられるような、胸がワクワクするような魅力がある。後世の学者による研究も、一見、方法論的には地味な実証作業の繰り返しではあっても、その再現を目指す語りそのものがイマジネーションの産物である。もちろん、でっち上げという意味ではない。この不思議な魅力に心がつかまれて、玄奘の歩いた光景を自分なりの方法で語りたい、そうした動機としてのロマンティシズムに触れて共感していけるところに、このような歴史書を読む醍醐味を感じる。

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2010年7月 2日 (金)

安田浩一『ルポ 差別と貧困の外国人労働者』

安田浩一『ルポ 差別と貧困の外国人労働者』光文社新書、2010年

 生産コストを抑制しつつも利潤を上げ続けるためにまず切り詰められるのは人件費であり、とりわけ制度的保障のない外国人労働者は雇用の調整弁として厳しい立場に置かれる。本書は中国人労働者と日系ブラジル人労働者へ取材、彼らに身を寄り添わせながらその発するうめき声を聞き取ろうとしたルポルタージュである。

 研修生という名目で低廉な労働力としてこき使われる中国人の若者たち。彼らの表情の暗さは他の外国人労働者と比べて際立つ。研修生として来日するだけでも事前に借金をしており、途中で帰国したら負債が残るだけ。日本の雇用者は彼らが絡め取られているそうした見えない鎖を脅しの切り札に使って過酷な労働を強いており、文字通り奴隷労働に近い。中国側の送り込み機関でも、彼ら若者たちが従順に働くように規律教育をしているというのも驚いた。日本側の受け入れ機関、中国側の送り出し機関の双方がつながった「ビジネス」としてのからくりが指摘される。出稼ぎに来た日系ブラジル人も、景気が悪くなると追い返しに直面している。労働組合も必ずしも彼らを助けるわけではない。他方で、彼らを雇用していた中小企業も経営が不安定だからこそ低廉な労働力を求めていたという事情もあるわけで、経済的に弱い立場の者がもっと立場の弱い者へしわ寄せしていく構図が本当にやりきれない。

 本書の趣旨とは直接には関係ないが、第二次世界大戦当時、ブラジルの日系社会で、日本は勝ったと信じる人々=「勝ち組」と日本の敗戦を冷静に認識した人々=「負け組」という対立があったのは知っていたが、互いにテロをやって犠牲者を出すほどの対立だったとは知らなかった。

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2010年7月 1日 (木)

ハリー・ハルトゥーニアン『歴史と記憶の抗争──「戦後日本」の現在』

ハリー・ハルトゥーニアン(カツヒコ・マリアノ・エンドウ編訳)『歴史と記憶の抗争──「戦後日本」の現在』(みすず書房、2010年)

・戦後日本をテーマとした論文集。戦後日本を枠付ける思想空間を分析しているが、そこに影を落とす戦争、天皇、日米関係といったモチーフの比重が大きい。
・第1論文「あいまいなシルエット:イデオロギー、知、そして米国における日本学の形成」は、ジャパノロジーという学知的枠組みそのものにはらまれた制度的権力性を分析しており、一つの切り口として興味深く読んだ。宣教師や軍隊出身の第一世代ジャパノロジストが設立した閉鎖的空間→近代化論→戦後アメリカの同盟国にふさわしい「近代化に成功した非西欧国」という物語を形成。眼差しの非対称性によって研究対象に一方的なレッテル貼りをしたと捉える点ではエドワード・サイード『オリエンタリズム』やポール・コーエン『知の帝国主義』なども思い浮かべたが、ジャパノロジーの場合、アメリカ基準による「お手本」として持ち上げたところが異なるようだ。
・第5論文「見える言説、見えないイデオロギー」では「近代の超克論」と高度経済成長後の文化政策とを比較する論点に関心を持った。
・私とは議論の体質が異なるせいか、読んでいて中に入り込みづらかった。批判口調の激しさも一因か。右翼、保守派、ファシストといった表現が結構安易に使われているのも私には気になる(例えば、神話的共同体主義という点で神話学者の「隠れファシスト」ミルチヤ・エリアーデと「農本ファシスト」橘孝三郎とは同じ立場だ、という言い方をする箇所があり、逆にこの二人をどういう観点で結び付けているのだろう?と別の意味で興味を持ったりもした)。ハルトゥーニアン『近代による超克』(岩波書店)も翻訳が出ているからいずれ読むつもりではいるが、ちょっと気が重い。

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2010年6月27日 (日)

「京都学派」についてとりあえず何冊か

 一般に「京都学派」というと、西田哲学を中心とした人的ネットワークをさす。竹田篤司『物語「京都学派」』(中公叢書、2001年)はその群像を描き出す。西田の門下生もそれぞれ独創的な研究を進めており必ずしも「学派」と言えるほど系統だった体系はないが、西田幾多郎のオーラに惹かれて集まった人々、西田哲学に対する内在的批判者としての田辺元、マルクス主義に向かいつつ西田への傾倒を隠さない三木清や戸坂潤、こうした人的厚みには互いに知的に啓発し合う独特な一体感があった。西田の西洋古典への「読み」の浅さについて田中美知太郎の批判は手厳しい。しかし、西欧文献の入手がままならないこと、西田自身の思索の表現が目的であって西洋哲学はそのヒントにすぎなかったこと、そして何よりも、急速な「近代化」=「西欧化」の中にあって田中の批判は正論ではあるが、同時に、目前に押し寄せつつある敵、すなわち西洋の「論理」に対して、東洋にも牢固として備わっている伝統的な「論理」の構築という使命感を西田は抱いていたことが指摘される。

 陸軍主導で開戦が間近となり危機感を抱いた海軍の一部グループが「京都学派」を中心とした知識人グループに接近、昭和17年2月から18年11月にかけて定期的に秘密会合が開かれていた。大橋良介『京都学派と日本海軍──新史料「大島メモ」をめぐって』(PHP新書、2001年)は、海軍側との連絡役を務めた大島康正(田辺元の弟子で当時は京都大学文学部副手)が記したメモを復刻、その時局的背景を解説する。出席者は、田辺元、高坂正顕、木村素衛、高山岩男、西谷啓治、鈴木成高、宮崎市定、日高第四郎、柳田謙十郎、高木惣吉(海軍)、天川勇(慶應)など。当初は戦争回避が意図されていたが、いったん開戦されてしまうと国策是正のため戦争の理念転換が話題の中心となり、「反体制」的な「戦争協力」という複雑な性格をはらんでいた(こうしたポジションは満鉄調査部にいた左翼系知識人も思わせる)。東条政権など陸軍に対する批判的意識が強く、彼らも海軍シンパとみなされて陸軍側からマークされていたらしい。復刻史料からいくつかメモすると、
・大東亜共栄圏の指導理念、「盟主」と「共栄」の論理的矛盾をどうするのか?→世界史的必然として日本の歴史的使命。
・自由主義のアウフヘーベン。
・「主権」概念の検討、指導権と干渉権の問題→「絶対矛盾的自己同一」として説明せよ。東洋における「主権」「国民」「民族」を近代ヨーロッパ的概念で説明はできない。しかし、東洋の特殊性を強調して済むのか?という疑問あり。発展段階の相違によって指導・服従の上下関係、同時に、帝国主義的搾取ではいけないという道義性、自発性を尊重しつつ統合。
・木村が大陸視察報告:狭量な日本主義者や一般日本人の優越意識に対して中国人に強い反感、汪兆銘政権に対する不信感があることを指摘。
・「万邦各々所を得さしめる」ことこそ真のデモクラシーである、アメリカン・デモクラシーの真理は日本の「八紘一宇」にあり。

 大橋良介「「近代の超克」と京都学派の哲学」(『岩波講座現代思想15 脱西欧の思想』岩波書店、1994年)は京都学派における「近代の超克」論を、政治的にではなく内在的な哲学の脈絡において捉えようとする。昭和17年の『文学界』誌上の有名な座談会「近代の超克」には日本浪漫派及び『文学界』同人の文学者たちと京都学派の学者たちとの間には始まったばかりの戦争を「思想戦」として捉える共通の問題意識があった一方で、前者は日本文化が西欧近代によって危機にさらされていると強調するのに対し、後者は西欧近代の世界性をまず認識する姿勢を持っていたという違いが認められる。それから、日本の戦争の侵略性の認識と、その倫理的性格転換の必要性。京都学派の思想は西田幾多郎・田辺元以来の「絶対無の哲学」が内在的に展開→「近代の超克」というテーマとシンクロした、その意味で政治性とは次元が異なる。久松真一・西谷啓治の「空」の哲学→「ニヒリズムを超克」する立場。大橋良介編『京都学派の思想──種々の像と思想のポテンシャル』(人文書院、2004年)は、第Ⅰ部で「京都学派」評価のあり方を概観、第Ⅱ部で科学思想、技術思想、美学思想、教育思想、言語思想、歴史思想、宗教思想といった諸相において西田哲学の可能性を探っている。

 植村和秀『「日本」への問いをめぐる闘争──京都学派と原理日本社』(柏書房、2007年)は、西欧主導の「近代」への挑戦、危機意識の中で日本の世界史的使命を主張した点で京都学派と蓑田胸喜たち原理日本社との共通性を指摘、ただし、京都学派が世界に向けて開かれた積極的な創造性を強調したのに対し、原理日本社の特徴は、自分たちは日本の「原理」を確信→他の論者に対する否定的態度。
・西田哲学は、生命の自覚的表現→万人がそれぞれに創造的に生きようとするならば自己を問い直し、日本人なら日本人として日本への問いによって、創造への意欲を喚起→日本が世界へと貢献、逆に日本への問いが人間の創造を妨害するなら本末転倒だという考え方。西田哲学の内面的理性の生き生きとした探求は、蓑田にとってかえって「日本」的なるもの、ひいては自分たちの立場への脅威だと映った。
・蓑田の『学術維新原理日本』:蓑田たちの主観ではすでに「近代」を「超克」済み→他の学者たちは何も分かっていないと否定的攻撃。美濃部達吉への攻撃:日本に内在的な自分たち「名も無き民」による、日本に外在的な特権階級的集団に対する闘いという位置付け。

 松本健一『「世界史のゲーム」を日本が超える』(文藝春秋、1990年)は、高度経済成長を遂げ国際化がキーワードとなる中、世界史の課題を担える新しい日本人をつくらねばならない、こういった議論は、実は「近代の超克」論と同じロジックをとっているのではないかと問題提起している。

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