« 2010年4月18日 - 2010年4月24日 | トップページ | 2010年5月2日 - 2010年5月8日 »

2010年4月25日 - 2010年5月1日

2010年4月30日 (金)

「胡同のひまわり」

「胡同のひまわり」

 ひまわりが咲く季節に生まれ、向陽と名付けられた少年。文化大革命のとき農村で強制労働に従事していた父が帰ってきたが、初めて会った父とどのように接したらいいのか戸惑う。画家であった父は苛酷な労働環境の中で手をいため、筆を握れなくなっていた。人生が台無しにされたという思いを、息子への期待に注ぐ父。そうした押し付けがましさに反発する向陽。1960年代から現代まで変貌する北京の街並みを背景に親子の葛藤が描かれる。

 細かく見ていけば様々なテーマが描きこまれている。例えば、世代間の価値観のギャップ。老後の生きがい。住宅事情。何よりも、文革の傷痕が大きい。文革で密告した隣人は贖罪意識から厚意を示すが、父は拒絶する。自分の画家としての人生はもう取り戻せないという意識は父の態度をかたくなにしてしまっていた。過去を受け容れるには時間がかかる。仲直りしたいと思いつつ果せないまま、隣人は亡くなった。後悔に苛まれる父は息子に、そして自身の新しい人生に改めて向き合おうとする。その表情は何かが吹っ切れたように明るい。

 胡同の古い家屋が崩される際につけられた「折」というペンキ印はハスチェロー監督「胡同の理髪師」(→こちら)でも観た覚えがある。その後に林立する高層ビルは味気ない気もする。こうした街並みが崩されゆくたたずまいには、ここで悲喜こもごもの葛藤が織り成されてきた時間の厚みをいっそう強く感じさせて、暮らしたこともない場所なのに感傷的なノスタルジーがかき立てられてくる。

【データ】
原題:向日葵
監督:張楊
2005年/中国/132分
(DVDにて)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年4月29日 (木)

老舎のこと

 老舎の作品で私が読んだことがあったのは、『駱駝祥子』(立間祥介訳、岩波文庫、1980年)と『猫城記』(稲葉昭二訳、サンリオSF文庫、1980年)くらいか。思い立って再読。

 『駱駝祥子』はあまりにも有名だから今さら言うまでもないだろうが、正直一徹の車引き祥子が社会の不条理に翻弄される中、生きていく希望というか拠り所を失って気持ちが荒んでいく姿が描かれる。市井の小狡く薄汚い風俗を活写する筆致は批判的なものである。庶民感情なるものへの美化はない。同時に、このどうにもならない泥沼にはまってしまった悲哀へのいとおしみが行間からにじみ出てくるところに、老舎という人の情がこもったリアリズムが感じられる。

 『猫城記』は、宇宙船が大破して着陸した火星で猫人と遭遇するという設定。SF仕立てではあるけれど、猫人国にはこの作品が書かれた1930年代当時における中国が重ねあわされており、いわば政治諷刺小説である。老舎自身は失敗作と考えていたらしい。作中に馬祖主義なる革命思想が出てくるが、マルクス主義のカリカチュアか。開祖は迷信打破を主張していたのに、追随者はこの主義そのものを迷信にしてしまったという捉え方。老舎自身に党派性はなく、反共主義者ではなかったが、軽佻浮薄な革命騒ぎは好きではなかったようだ。どんなに進歩的な思想の主張者であっても、いざ権力を握ると堕落してしまう醜さは、例えば『駱駝祥子』でも阮明なる人物の挿話として描かれていた。こうした人間本来が抱える矛盾は政治的正しさの次元であっても例外ではないことを見切ってしまっているところに老舎の諷刺作家としての本領があったとも言える。決して御用作家にはなれない気質的な強さの点では、文化大革命で迫害を受けるのも不可避的な成り行きだったのかもしれない。

 息子の舒乙による老舎の伝記が二冊翻訳されている。『北京の父 老舎』(中島晋訳、作品社、1988年)は彼の生涯を時系列に沿って描いている。『文豪老舎の生涯──義和団運動に生まれ、文革に死す』(林芳編訳、中公新書、1995年)は彼の人柄をしのばせるようなエピソード中心の伝記。一途な実直さとユーモアのセンスを兼ね備えたところが多くの人々から慕われたことがうかがえる。それだけに、紅衛兵から激しい暴行を受け、行方不明となった後に死体で発見されるくだりの痛々しさが印象付けられる。

 老舎と面識のあった何人かの日本人作家が追悼的な文章を書いている。

 開高健「玉、砕ける」。老舎の死を伝え聞いたとき、開高は香港で中国人の知人と会食をした。食事どきには「莫談国事」と注意されながらも、「ここに二つの椅子がある。真ん中はあり得ない。片方に座るよう迫られているけれど、座りたくない場合、どうしたらいいのだろう?」と解答困難な問いを投げかける。水上勉「こおろぎの壷」。老舎が来日したとき図らずも自宅に訪問を受け、何を話したらいいのか分からなかった水上は、むかし知人から見せてもらったこおろぎを入れておく木製の壷のことを話題にした。この壷にはこおろぎを二匹入れる。水上は夫婦つがいで入れるものと期待していたが、老舎の答えは「いえ、これはこおろぎを闘わせて楽しむものです」。いずれも暗喩的である。

 井上靖「壷」。やはり老舎が来日した折の歓迎の宴席で、老舎がこんな話をした。むかし、ある人の持っている素晴らしい壷を金持ちが狙っていた。所有者が死んだのでようやく手に入ると思ったところ、その人は死ぬときに壷を砕いてしまっていた。老舎は笑い話のつもりだったが、列席していた広津和郎が「名器は公のものであって、死んだら他人のものになってもいいじゃないか」とムキになって反駁。自分のものだという執着は醜いと広津は受け止めたようだ。老舎死すとの報を受けた井上はこの時のことを回想しながら、老舎が壷を抱えてビルから飛び降りる姿を思い浮かべる。老舎死亡の真相が分からなかった当初、飛び降り自殺したという噂が伝わっていた。自分にとって命より大切なもの、通すべき筋に殉じたのではないか、という捉え方である。

 有吉佐和子『有吉佐和子の中国レポート』(新潮社、1979年)は、文革の混乱がようやく終わり、まだ余燼がくすぶる中でも失脚した人々が名誉回復されつつある時期の中国訪問記である。有吉は老舎夫人・胡絜青とも面会している。公式には老舎は自殺したと発表されており、巴金をはじめとした文人たちもそうした前提で老舎のことを語っていたが、胡絜青たち家族は彼が決して自殺するはずはないと涙ながらに語っていたことを有吉は記している。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年4月28日 (水)

酒井充子『台湾人生』

酒井充子『台湾人生』(文藝春秋、2010年)

 本書のもとになった映画「台湾人生」は去年、ポレポレ東中野で観た(→こちらで取り上げた)。日本語世代の台湾人にインタビューしたドキュメンタリーである。最近、NHKの某番組が編集方針をめぐって無用の混乱を引き起こしたこともあったが、こちらの方はとにかく淡々と話を聞く構成なので安心して観られた。

 「祖国」=日本のために命をかけるつもりだった、という話には、戦後世代である私はやはり戸惑いを覚えてしまう。しかし、中華民国籍に入ってからは、日本のために戦ったことは敵対行為であったとみなされてしまい、逆に日本政府は、すでに中華民国籍に入ったのだから関係ないという態度を取った。両国政府から棄てられてしまったようなものである。日本政府からせめてねぎらいの言葉でもいいから欲しかった、と言う。彼らは日本への親しみを語ってくれるだけに、いっそう、こうした形での戦争責任が果されてこなかったことには本当に申し訳ない気持ちになる。

 本書(もしくは映画)が、単に彼らの日本に対するノスタルジーに終わらせてしまうのではなく、原住民や客家など台湾内マイノリティーの存在も大きくクローズアップしているところに興味を持った。戦後、中華民国軍に入ったパイワン族のタリグ・プジャスヤンさんは(白団の軍事教練を受けたらしい)、日本のためとか、中華民国のためとかいう以前に、原住民の地位向上のためという意識を強く持っていたようだ。客家人の楊足妹さんは、母語としての客家語以外にも台湾語、北京語、日本語を操る。

 日本では台湾通を除いて意外と認識されていないが、台湾は多民族・多言語社会である。公定言語として外から押しつけられたかつての日本語、現在の北京語とも、この多言語性の中に位置付けられる。幼少時から日常的に使い慣れた言語的習慣はほとんど身体感覚の一部ともなり、その人のアイデンティティー形成に決定的な影響を及ぼす。1945年を境に公定言語が日本語から北京語へと切り換えられたとき、その転換に皮膚感覚レベルでついていけず、やるせない心情を表現できなくなった宙吊り状態。さらに、二・二八事件をはじめとする国民党の恐怖政治によって強いられた沈黙は、この心情的宙吊り状態を40年以上にもわたって継続させられた。思いのたけを語ることができるようになったのは、ようやく李登輝政権による民主化以降のことである。映画出演者はすでに相当のご高齢で、中にはすでに亡くなられた方もおられる。戦後歴史教育の違いで子供や孫の世代とのギャップを感じてもいるようだ。

 日本語世代の台湾人に焦点を合せた研究として、周婉窈《海行兮的年代──日本殖民統治末期臺灣史論集》(允晨文化出版、2003年。日本語なら『「海ゆかば」の時代』)を以前に読んだことがある(→こちらで取り上げた)。この本では彼らを「ロスト・ジェネレーション」と呼ぶ。彼らが生きざるを得なかった時代経験というのは一つの厳粛な歴史的事実であって、それについて後世の価値判断から良い悪いと決め付けるのはおこがましいことであり、ある意味残酷なことですらある。そうした後知恵ではなく、虚心坦懐に彼らの心情に迫ろうと努力する姿勢に説得力があってとても良い本だった。日本語訳をどこかの出版社で出して欲しいものである。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2010年4月27日 (火)

中薗英助『夜よ シンバルをうち鳴らせ』

中薗英助『夜よ シンバルをうち鳴らせ』(福武文庫、1986年)

 現地採用の新聞記者となった主人公が目撃した、日本軍占領下、いわゆる淪陥時期における北京の光景。『北京飯店旧館にて』『北京の貝殻』が回想録的、私小説的な形を取るのに対し、『夜よ シンバルをうち鳴らせ』の方は著者自身の実体験をにじませつつ、謀略サスペンス的なフィクションを絡ませた小説に仕立て上げられている。

 左翼くずれに大陸浪人。抗日意識を胸に秘めた中国の知識青年や、大東亜共栄圏のスローガンを叫ぶ中国人。日本軍の謀略に利用された東トルキスタン独立運動のウイグル人マームード・ムヒイテ将軍。魯迅夫人・許広平がひそかに北京へ戻っているという噂。消えた北京原人の標本の行方。大東亜文学者会議への出席をやんわりと拒絶した周作人(その説得のため文学報国会から派遣された九重由夫こと久米正雄や葉柴勇こと林房雄たちの鼻息の荒さが北京で顰蹙をかっていたことは別の本でも読んだ)。京城日日新聞特派員として北京へ来ていた白哲(=白鉄、本名は白世哲)や金史良は朝鮮人の思いを語る。多彩な人物群像がうごめくスケールの大きさは圧巻で、読みながらグイグイとこの世界へと引き込まれていった。

 占領者たる日本人と被占領者たる中国人。生身の人間同士として付き合った点では友情もあり得た一方で、必ずしも全面的な信頼までは置けないわだかまり。この微妙な関係は、抗日/親日といった単純なロジックで裁断できるものではなく、第三の道はあり得ないのか、そうした模索へと主人公を駆り立てていく。それは、他ならぬ著者自身の青春期から一貫したテーマであったと言える。

 タイプは異なるが、占領者としての日本人の負い目意識をテーマにしている点で、日本植民地支配下のソウル文壇を舞台とした田中英光『酔いどれ船』も思い浮かべた。やはり大東亜文学者会議の準備に駆り出された青年文士(=田中自身)が目撃した、抗日と体制順応、陰謀と狂騒の混濁したファルスを、実在の人物をカリカチュアライズしながら描き出していた。田中が太宰治に私淑していたという感性が理由かどうかは何とも言えないが、『酔いどれ船』では主人公の内面的にウジウジしたところを暴露的に描く形で彼自身の青春の暗さが表現されていたという印象があった。これに対して『夜よ シンバルをうち鳴らせ』の方は、政治意識の強さを明確に打ち出したことで青春期特有の一種ロマン的な清冽さが印象付けられる。

 『夜よ シンバルをうち鳴らせ』というタイトルはロルカの詩によるらしい。作中にはランボーの詩を使ったセリフもあった。そう言えば、ランボーには「酔いどれ船」という詩もあった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年4月25日 (日)

吉澤誠一郎『天津の近代──清末都市における政治文化と社会統合』

吉澤誠一郎『天津の近代──清末都市における政治文化と社会統合』(名古屋大学出版会、2002年)

・「近代世界システム」への包摂=近代化という視点ではなく、中国における伝統の連続性を強調して西洋中心主義から脱しようという志向でもなく→理念化された「西洋近代」を世界標準とみなしつつ、相互作用的に「類似する趨勢」に向かったという意味で「近代性」を捉える。こうした視点によるケース・スタディとして天津という都市における具体的な歴史に注目する。
・団練の結成、天津教案(反キリスト教暴動等)への火会(消防団)の関わり、善堂(社会福祉・慈善施設)、巡警組織、反アメリカ運動、市内交通をめぐる混乱、軍事的危機意識による「尚武」の理念→体育社、などのトピックが検討される。
・①政治参加と公共性(自治組織やジャーナリズムの成立)、②社会管理の進展(社会統制の手段としての団練の編成において排外的心情が動員された→開港場では危険→義和団事件後は巡警組織の導入)、③国家意識の深化と帰属意識(1905年の反アメリカ運動→「中国人」としての団結意識→出身地をこえた都市社会の共生という論理をとる側面もあった)、④啓蒙と民衆文化、などの問題意識が示される。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

郭沫若『歴史小品』

 郭沫若(平岡武夫訳)『歴史小品』(岩波文庫、1981年)を初めて読んだのは大学一年生のときだったか。あまり良い印象はなかった。思い立って久しぶりに再読してみたが、やっぱりつまらない。老子、荘子、孔子、孟子、始皇帝、項羽、司馬遷、賈誼のエピソードをもとにした短編八本。文章としては読みやすいが、偶像破壊的な筆法がわざとらしくて嫌味に感じられる。これらの作品が書かれた1920~30年代において、伝統拘束的な思想傾向に対して啓蒙しなければならない、そうした政治的手段としての文学という問題意識があったであろうことは理解する。ただし、当時の時代思潮を知る資料としてならばともかく、現代の人間が読んで何か感じ入るような深みがあるわけではない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「カケラ」

「カケラ」

 大学の授業が休講となってカフェで時間をつぶしていたハル(満島ひかり)は、突然、見知らぬ女性から声をかけられた。「あなただって街で素敵だなあって思う人とすれ違うことがあるでしょ。私は後悔したくないの。私は声をかけた。そして出会いに変えた」──はっきりした物言いのリコ(中村映里子)にハルは戸惑いながらも興味がひかれる。彼氏とのズルズル、ダラダラの関係に嫌気がさしていたハルはリコと連絡をとった。「友達」ではなく「恋人」同士となった二人。しかしハルは、リコの直截に過ぎる愛情表現に鬱陶しい押し付けがましさも感じ始める。

 レズの話、と言ってしまったら身も蓋もないが、そういう際どいどぎつさは全くない。都電沿線の下町、居酒屋に八百屋、リコの実家であるクリーニング屋、ハルの暮らすアパートの畳敷きの部屋。こういった舞台設定は、ストーリーにやわらかな温もりを添えてくれる。このチョイスは重要だ。もしオシャレでモダンな都市生活だったら、「同性愛のどこが悪い!」と言わんばかりにツンツンしたフェミニズム映画にもなりかねない(それこそクィア理論とか駆使して分析されそうな)。

 この映画の場合、同性愛というはあくまでもネタで、むしろそれを一つのきっかけとして出会った性格の全く異なる二人の女の子が自分に欠けているものをそれぞれ自覚していく、そうした感情的機微をうまく描き出しているところにこの映画の面白さがあるように思った。ストーリーの大枠は原作と共通しているにしても、換骨奪胎されて雰囲気はだいぶ違っている。ハルのどんくさいかわいらしさ、リコのエキセントリックな生真面目さ、対照的な性格を満島ひかりと中村映里子はよく演じている。二人のぎこちなくも感じられる掛け合いのわざとらしくない素直さが良い。セリフとしては表現しづらいモヤモヤした感じが浮かび上がってくる。

【データ】
監督・脚本:安藤モモ子
原作:桜沢エリカ「ラブ・ヴァイブス」(『シーツの隙間/ラブ・ヴァイブス』祥伝社コミック文庫)
出演:満島ひかり、中村映里子、かたせ梨乃、永岡佑、津川雅彦、光石研、根岸季衣、志茂田景樹、他
2009年/107分
(2010年4月24日、渋谷・ユーロスペースにて)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「クロッシング」

「クロッシング」

 ヨンスはかつて花形のサッカー選手だったが、いまは炭鉱で働いている。結核で倒れた妻のために治療薬が必要となったが、頼みの綱としていた中国との密貿易に従事している友人はスパイ容疑で逮捕されてしまい、結局、ヨンス自身が豆満江を渡った。中国では公安に追われ、せっかく稼いだ金も失ってどうにもならない中、金をくれるという話で脱北者支援組織にすがりついたのだが、成り行きで韓国へ行く羽目になってしまう。残された妻は死に、息子のジュニは一人さまよい、裏切り者の子供として強制収容所に送られる──。

 脱北者の苦境がドラマ仕立てで描かれている。実際の脱北者から協力も得ているとのことで、考証はしっかりなされているのだろう。ヨンスが目にしたソウルの繁栄ぶり、続いて映し出されるジュニがいる強制収容所内の光景、この落差は同時代のものとは思えない。ヨンスは妻の結核治療薬入手のため国を出たわけだが、ソウルで薬局に行くと、それなら保健所で無料で支給されると聞き、愕然とする。

 政治体制というのは人々の生活を保障する根元的なインフラである。そのインフラは、ものの考え方や行動様式、すなわち「思想」の集積であり、いびつな統制がこれほどまでにギャップを大きくしてしまった。ヨンスが国境の外から家族のことをいくら想っても、見えない壁はすべてをシャットアウトしてしまう。ヨンス一人が結果として生きのびた背後に横たわる何人もの惨めな死、その重みの一切を彼は背負って生きねばならない。ソウルで「自分ひとり助かりたいから脱北したんだろう」と陰口をたたかれるシーンがあるが、実際にそういう目で見ている人がいるのだろうか。この映画ではあからさまな体制批判のメッセージは抑えられており、実際にあったであろう出来事がより合わされて再構築されたストーリーを通して、「首領様」を上にいただく政治体制のブルータルな非人道性を浮かび上がらせていく。

 百歩譲って、国が違っても、イデオロギーが違っても構わない。それでも、映画の最後に映し出されるような、北朝鮮でもあり得たはずの牧歌的なむつみあいすらももはや見ることはできない哀しさ。終盤、ジュニがさまようモンゴルの砂漠、雄大に広がる空、この広い世界の中にあってもどうにもならない孤絶感がいっそう際立ち、そうした心情を重ね合わせると、残酷な美しさに胸がしめつけられてしまう。

【データ】
監督:キム・テギュン
2008年/107分/韓国
(2010年4月24日、渋谷・ユーロスペースにて)

| | コメント (0) | トラックバック (1)

「掌の小説」

「掌の小説」

 川端康成が二十代の頃に書いたショート・ショートを集めた『掌の小説』(新潮文庫)、ここから選び取った作品を四人の若手監督が内容をふくらませながら映像化したオムニバス形式の連作映画である。第一話「笑わぬ男」(岸本司監督)、第二話「有難う」(三宅伸行監督)、第三話「日本人アンナ」(坪川拓史監督)、第四話「不死」(高橋雄哉監督)。舞台背景として大正期におけるモダンにもなりきれず泥臭さの残った風景を再現、その中で展開されるストーリーは特に不可思議なことが起こるわけでもないのに、全編を通して幻想性が漂う美しい映像構成で、どの作品も興味深く観た。地味だけど、なかなか良い。

 私がとりわけ印象的だったのは、第三話の楽団やチンドン屋が入り混じる中でロシア人少女が歌うシーン、それから第四話の少女(香椎由宇)と老人(奥村公延)が手をつないで歩み去るシーンにかぶさるもの悲しいメロディー。この飄々とのびやかに響くメロディーでそのままエンドクレジットへと流れ込み、良い感じに余韻にひたれると思っていたら、変なポップス調の歌が始まってぶち壊しなのが非常に残念。

 私が観に行ったのはちょうど最終日、上映後に監督3人によるトークがあった。第四話の高橋監督が奥村公延への思い入れを語っているのが印象的だった。奥村さんが昨年亡くなられていたのは知らなかった。脇役として頻繁に出演していたので、名前は知らなくても顔は意外と覚えられているのではないか。例えば笹野高史のようないぶし銀的バイプレーヤーという印象があって、最近、笹野さんは注目されているのに対し、奥村さんの存在感は一般にそれほど認知されていないように思う。いずれにしても、残念である。

【データ】
2010年/80分
(2010年4月23日レイトショー、渋谷・ユーロスペースにて)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2010年4月18日 - 2010年4月24日 | トップページ | 2010年5月2日 - 2010年5月8日 »