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2010年3月28日 - 2010年4月3日

2010年4月 3日 (土)

川本三郎『ミステリと東京』

川本三郎『ミステリと東京』(平凡社、2007年)

 文学作品というのは必ず舞台があるわけで、その舞台となっている生活空間、たとえば都市と作品内容との関わりは文学研究のテーマとしてよく取り上げられる。逆もまた然り。本書は、ミステリ小説の中の描写を通して東京という都市の街並や世相の変化を垣間見ていく。『東京人』連載がもとで、中にはすでに読んだ覚えのある章もあった。海野十三、久生十蘭、松本清張から京極夏彦、宮部みゆき、恩田陸まで幅広く取り上げられるが、肝心な江戸川乱歩がないのはすでに松山巌の名著『乱歩と東京』があるからか。

 郊外住宅地としての東京の生活圏の拡大。下町的人情と都会的匿名性。新宿歌舞伎町の多国籍化。ポイントを挙げれば読み手の関心に応じて色々と引き出せるだろうが、それらを分析というのではなく、小説中の描写を一つ一つ引きながら追体験していこうという筆致なので気軽に読める。全共闘世代的ノスタルジーが鼻につく箇所もたまにあるが著者自身の経歴による思い入れがにじみ出ているのだろう(このあたりに関して世代的に異なる私自身としては、感性的にも思想的にも共感の余地が全くないのだが)。高度経済成長直前期、地方からの上京者が抱えた哀歓には連載時(小杉健治の章)から興味が引かれていた。

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2010年4月 2日 (金)

坂出祥伸『康有為──ユートピアの開花』

坂出祥伸『康有為──ユートピアの開花』(中国の人と思想⑪、集英社、1985年)

・康有為の生涯と思想のアウトラインを平易にまとめた啓蒙的な伝記。書家としての横顔に注目したり、史料発掘の経緯から色々な人間関係が見えてきたりするのも興味深い。
・戊戌の政変で失脚・亡命後、とりわけ張勲の復辟事件の際の行動や思想的関わりなど民国期の彼の動静に私は興味があったのだが、民国期に入ってからの記述は私生活の描写が中心となり、公的活動、思想的展開にあまり触れられていないのがちょっと食い足りない感じがした。
・康有為は咸豊8(1858)年に広東省南海県銀塘郷(現・銀河郷)蘇村に生まれた。当初は朱子学を学んだが、他方で、静座や禅学で感得した天地万物の一体感→本当は陸象山・王陽明を好んでいたこととの関連を指摘。「人に忍びざる心」=仁としての万物一体感→わが身に引き受ける共感をもとにした社会改革志向→大同思想につながる。
・孔子改制論。距乱世→升平世→太平世へと進化(三世進化論)。孔子教→国民的な一体感を醸成、人々の間の垣根を取り払って愛国の一点へと集中させる。
・1895年の日清戦争・下関条約→科挙の会試受験のため北京に来ていた挙人たちが集まって対日講和反対、政治改革要求の上書(公車上書)→清朝はじまって以来の士大夫による集団的政治行動。
・日清戦争の敗北、黄遵憲から話を聞いた→日本観の変化→明治維新を変法の模範。
・1898年、保国会の設立。戊戌の変法→西太后派の巻き返し、袁世凱の裏切り→日本へ亡命。日本でも厄介者扱いされてカナダへ行く→華僑有志を集めて保皇会。光緒帝の師を以て任じていたのであくまでも立憲改革派→革命派とは一線を画す。
・日本亡命直後は牛込区早稲田42番(早稲田鶴巻町40番)の明夷閣。1911年月から2年半ばかり神戸や須磨に落ち着く。帰国後は上海の愚園路192号。

・そう言えば、以前、楊蓮生『診療秘話五十年 一台湾医の昭和史』(中央公論社、1997年)という回想録を読んだとき、著者の楊氏が日本統治期の台北帝国大学付属医学専門部に入学したところ、汪精衛政権派遣の留学生として女生徒が一人いて、彼女は康有為の孫娘・康保敏なる人だったという記述があったのを思い出したので、ここにメモしておく。

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2010年4月 1日 (木)

佐藤慎一『近代中国の知識人と文明』

佐藤慎一『近代中国の知識人と文明』(東京大学出版会、1996年)

・清朝末期から近代中国への転換期にあたって、国家のあり方とそれを支えるロジックを模索した知識人たちの言説を検討した政治思想史の論文3点を収録。取り上げられる思想家は絞り込まれている意味で点描的だが、その組み合わせによって通史的に俯瞰される。第1章「文明と万国公法」が本書の3分の2を占めて本論をなし、第2章「フランス革命と中国」、第3章「近代中国の体制構想」で論点を補う構成。
・「文明」の有無を指標とする華夷観念の枠組みにおいて中国文明の優越性は自明視されていた。洋務運動において西洋の機器や万国公法を受け容れはしたが、それはあくまでも中国の立場を強化することが目的。万国公法のような外の価値観によって逆に拘束されてしまうなら、中国の「礼」の秩序が乱されてしまうという反発があった。
・「真」であること(true→普遍性)と「自己のもの」であること(mine→中国文明に本来内在的なもの)とが「文明」受容の条件→「附会」:外来の事物を中国固有の事物と結び付けることで導入を正当化。この「附会」というロジックを契機として「文明」観念の読み替えが始まり、それが「近代」へと転換されていく思想史的な変容過程をたどるのが本書の趣旨となる。
・変法派は、中国を取り巻く国際環境のシステム転換を理解(列国並立の中におけるあくまでも一国としての中国の認識)→この中国の存続を図るために国家のあり方を変革しなければならない。この際、支配者の恣意的な権力を抑制、民意が反映される体制が必要であり、法の支配(西洋では実現されている)の確立を「文明」の基準とした。
・文明化の過程を儒教本来の理念の実現と捉えるロジック。康有為は、経書は古代の記録という体裁を取りつつも、実は孔子が自らの政治変革理念を託したのだと理解→理想社会は上古ではなく未来に存在する→「三世進化」と「大同」の理念、これらに万国公法は適合的だと判断。普遍的な理念であると同時に、すでに孔子が予見していることなのだから「自己のもの」でもある。
・「真なるもの」(普遍性)と「自己のもの」(中国固有)とに「附会」ができない場合にはどうするのか?という問題提起→梁啓超は社会進化論(すでに厳復が『天演論』で紹介)の枠組みで「三世進化」を捉えるが、普遍的な真実はそれ固有の価値を持つのだから、孔子の言説と一致するか否かは全く関係ない。梁啓超は儒教を否定も肯定もせず相対化(対して、後の新文化運動で儒教は「奴隷根性」として排撃される)。
・胡漢民は、危機的な国際環境の中でも国際法を遵守、文明のロジックに従って「正当な排外」を行なうべきことを主張(西洋への屈従も、野蛮な排外も不可)。しかし、清朝は異民族による専制支配体制であり、多数派の漢族は抑圧されている→国民の支持なし→「正当な排外」ができない清朝の構造的問題→変革のため排満革命。
・国際法を遵守したとしても、現実には帝国主義の圧迫→その後の民族主義、社会主義、不平等条約改正等の展開。
・第2章「フランス革命と中国」では、フランス革命認識を通して中国知識人の間での革命観念の相違を浮き彫りにする。フランス革命の積極的な意義とマイナス面との両方をみな理解していたが、康有為や梁啓超はマイナス面の方を憂慮、対して革命派はプラス面を高く評価。
・第3章「近代中国の体制構想」では、専制と自由をめぐる議論に関心を持った。梁啓超は「野蛮の自由」(事実上の野放図な自由)と「文明の自由」を区別。中国は自由を許容する温和な専制体制であったが、その自由とは「野蛮の自由」に過ぎなかった→権力者のへつらいなど「奴隷根性」という「内なる専制」の克服が必要だ→こうした問題意識は後に『新青年』に集った知識人に受け継がれていく。以上の「自由」観は孫文も共有、ただし、梁啓超が「内なる専制」の克服を重視したのに対し、孫文は自由の過剰を憂慮して開明専制を模索したと指摘される。

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2010年3月31日 (水)

池内紀『東京ひとり歩き』、川本三郎『きのふの東京、けふの東京』

 何となく気が向いて、池内紀『東京ひとり歩き』(中公新書、2009年)、川本三郎『きのふの東京、けふの東京』(平凡社、2009年)を続けて読んだ。東京ぶらぶら歩きエッセイ。名所めぐりをするでもなく、気の向くまま風の吹くまま、普通に商店街を歩いて、古本屋を物色したり、居酒屋で一杯ひっかけたり。私の知っている街並も結構出てくるので親近感もわく。

 私は特に川本さんの東京歩きエッセイが好き。取り立てて起伏のある話は出てこない。一本調子に淡々と、しかし穏やかな筆致の中にさり気なく織り込まれた文学や映画の薀蓄が楽しい。安居酒屋のカウンターにひとり座って、ホッピーや焼酎を飲みながら川本さんのエッセイ集のページをゆっくりめくるのが実は至福の時間だったりする。

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蛇蔵・海野凪子『日本人の知らない日本語2』

蛇蔵・海野凪子『日本人の知らない日本語2』(メディアファクトリー、2010年)

 夜、職場に残ってクスクス笑いながら読んでいた。うさんくさげな視線を向ける帰り際の同僚、でも私が手にしている本を見て納得の様子。

 鋭いツッコミや思いがけないボケでハラハラさせる留学生たちと、受けて立つ日本語学校の先生。日本語をめぐるカルチャー・ギャップを描きこんだマンガである。このシリーズは文句なく面白くて好きだな。単に笑えるというだけでなく、見事に実地の比較言語論、比較文化論になっているから侮れない。例えば、「先生が早く結婚するのを願ってます」とおおっぴらに言う中国人に対して、欧米人は「なぜ他人のプライバシーに口を挟むんだ?」と冷ややか。マンガやアニメが好きで来日したオタクが多いが、同じオタクでもフランス人とアメリカ人とで態度の取り方が違うのも面白い。

 カバーをめくって本体表紙にある4コママンガも意味深だ。「大人の理由で紙袋をかぶせてあります」と注釈がついて紙袋で顔を隠して描かれる留学生。日本のニュースには殺人の話が多い、自分の故郷にはそんなことなかったのに…。いや、待てよ、ひょっとして報道されていないだけなのか? 「先生、殺人のニュースが多いのは、とても良いことなんですね!」

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2010年3月30日 (火)

岡本隆司『世界のなかの日清韓関係史──交隣と属国、自主と独立』、岡本隆司・川島真編『中国近代外交の胎動』

 岡本隆司『世界のなかの日清韓関係史──交隣と属国、自主と独立』(講談社選書メチエ、2008年)は、清朝の勃興、徳川幕府による日本統一、16世紀以降、パワー・バランスの中にあった朝鮮の立場を軸として日清・日露戦争に至るまでの東アジア国際関係史を描き出す。視点が斬新でとても面白い研究だ。清との宗属関係、日本との交隣関係、微妙なバランスで日=韓=清の関係が成り立っていたが、欧米列強の進出、明治日本の台頭によって状況が一変。朝鮮の清に対する「属国」でも「自主」でもない曖昧さを残した宗属関係は、日本・清・欧米列強の勢力均衡の中で成立していた。しかし、袁世凱はこの「属国」の実体化を図ってバランスが崩れ、清朝優位の均衡状態を覆そうと日本は武力行使→日清戦争。ただし、1896年の俄館播遷で日本優位も失われてロシアとのにらみ合い→再びの均衡状態の中で朝鮮は独立自主を目指すことになる。一連の情勢下、井上毅が朝鮮中立化構想を提案したり、李鴻章の肝煎りでお雇い外国人として朝鮮に送り込まれたデニーやメレンドルフらがむしろ朝鮮の自主独立を支持して清朝側の不興をかったりといったエピソードも興味深い。

 岡本隆司・川島真編『中国近代外交の胎動』(東京大学出版会、2009年)は、伝統・近代という後知恵的な二項対立の分析枠組みではなく、内在的・外在的要因の絡まり合う中で中国の近代外交が形成されていく動態を実証研究の組み合わせで提示しようとした論文集。外交を担当する人員やセクション、条約交渉に関する論文が中心。華夷観の根強い「夷務」の時代(19世紀前半~1870年代)、清朝側に条約関係へ対処する態勢が現われ始めた「洋務」の時代(19世紀後半)、そして「外務」の時代(~20世紀初頭)の三部構成。清朝の主観的認識としてなら「朝貢システム」論は成り立つが、他方で「互市」→政府間通交の有無や上下の序列は関係ない。在外領事や在外公館のあり方→「洋務」期に制度的な改革が行なわれたわけではないが、体制外的な方法によって対外交渉の担い手が現われつつあった。在外華僑への棄民政策から保護政策、さらに動員へという変遷→中華帝国の近代的再編が指摘される(領域的にどこを守るか?と同時に、誰を守るか?という問題意識の表われ)。

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岡部達味『中国の対外戦略』

岡部達味『中国の対外戦略』(東京大学出版会、2002年)
・同時代を扱う社会科学はどうしても不完全情報を前提とせざるを得ない→概念、理論等で一定の構造的理解をした上で情報の取捨選択、推論。その意味で後学によって乗り越えられる、あくまでも中間報告であるという割り切り。
・主に言説の中からうかがわれる中国側の対外イメージ、国際情勢認識を想定しながら、中華人民共和国成立以来の外交政策、具体的には対ソ政策、中ソ対立、核開発問題、米中和解、改革開放以降(多極化する中での大国としてのセルフイメージ)を分析。

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2010年3月29日 (月)

園田茂人『不平等国家 中国──自己否定した社会主義のゆくえ』、王文亮『中国農民はなぜ貧しいのか』『格差大国中国』、王文亮編著『現代中国の社会と福祉』、大泉啓一郎『老いてゆくアジア──繁栄の構図が変わるとき』、飯島渉・澤田ゆかり『叢書★中国的問題群10 高まる生活リスク──社会保障と医療』

 経済発展著しい一方で、貧富の格差拡大などひずみが顕在化している中国。そうした問題を考える上でまず手に取るべきは園田茂人『不平等国家 中国──自己否定した社会主義のゆくえ』(中公新書、2008年)だろう。農民工の急増からは都市と農村との分断状態がうかがわれる。都市中間層は官製メディアに対する不信感など近代的民主主義に親和的な性格を持つ一方で、生活水準が向上した現状維持を望む保守的傾向が見られる。都市民の農民工に対する差別意識はよく指摘される。学歴社会化→科挙の伝統を考えると「過去へ進化する社会主義」という見通し。

 共産党の権威主義支配体制と近年進展しつつある市場社会化。両方がもたらすひずみはやはり社会的弱者へとしわ寄せされてしまう。彼らへの手当ては残念ながら惨憺たるもので、とりわけ都市と農村の格差が深刻なようだ。王文亮『中国農民はなぜ貧しいのか──驚異的な経済発展の裏側で取り残される農民の悲劇』(光文社、2003年)、同『格差大国中国』(旬報社、2009年)は具体的なトラブルを通して問題を検討する。いわゆる「一人っ子政策」→人口の年齢構造、家族関係が変化する一方で(「四二一家庭」「空巣家庭」)、伝統的な家族福祉が当然視されているため、農村住民の老後を支える社会保障の構築がなおざりにされてきたことが指摘される。在宅介護の問題。医療・生活保護の都市・農村格差。農村での医療・衛生資源は限られているため、病気療養では子供や高齢者よりも労働年齢層を優先→経済的な理由による消極的安楽死もあり得る。病気→貧困→病気の悪循環。

 王文亮編著『現代中国の社会と福祉』(ミネルヴァ書房、2008年)は現代中国におけるライフスタイルの変化が社会保障に及ぼす影響についての各論を分担執筆。生活水準向上による消費スタイルの多様化とトラブル。性意識・結婚・家族観の変化。教育機会の地域的・階層的不平等、大学生の就職難(雇用のミスマッチ、頭脳労働偏重で技術労働者が少なくなっている)。高齢社会化の一方で、下の世代における家族意識の変化により扶養機能の弱体化。年金制度の問題。都市社会の変容とコミュニティ・サービス。障害者福祉(自助努力が基本だが、実際には就業困難という問題)や障害者教育。農民工の労働環境と社会保障体制の問題(農村モデル、都市モデルが難しい中、都市部で農民工のみを対象とする独立モデルが注目される)。農民工の子供の教育問題(民工学校、留守児童)。

 大泉啓一郎『老いてゆくアジア──繁栄の構図が変わるとき』(中公新書、2007年)は、ライフスタイルの変化による出生率の低下傾向が東アジア全域で見られることを指摘。中国の「一人っ子政策」についても、これが出生率低下の原因というよりもむしろ加速要因だと捉える(従って、「一人っ子政策」をやめたからといって出生率が上向くわけではない)。本書の特色は人口ボーナスの指摘。つまり、出生率の低下→生産年齢人口、一人当たり所得、国内貯蓄率、一人当たり医療・衛生サービス等の増加→経済発展を後押し。この人口ボーナス効果が持続している間に次なる高齢社会に向けた準備が必要。中国では、農民工の都市部への流入→都市部は人口ボーナス効果を享受する一方で、農村部では高齢人口の割合が高くなるため人口ボーナス効果が早く薄れてしまう→都市・農村間の経済格差が拡大し、農村部の高齢化がますます進んでしまう問題が指摘されている。

 飯島渉・澤田ゆかり『叢書★中国的問題群10 高まる生活リスク──社会保障と医療』(岩波書店、2010年)は、中国における社会保障や医療政策について歴史と現在のシステムを概観。衛生制度の進展における日本モデルの影響については飯島渉『感染症の中国史──公衆衛生と東アジア』(中公新書、2009年)でも取り上げられていた。
・清朝期は生活保障について「小さな政府」と家族・地縁的相互扶助→中華民国期に国家による管轄領域が広がり始め、社会主義革命後は公的事業として草の根レベルまで浸透。ただし、計画経済において、「国」よりも「単位」中心。社会保障資源は一次分配として賃金と同時に生産現場で支給される制度設計→完全・終身雇用が前提だが、実際には対象者の空白が大きかった。
・改革開放以降は、市場原理の導入。しかし、農民工など低所得者の社会保険加入率は低く、社会保障システムへとなかなか包摂できない現状。
・こうした趨勢の中、家族・地域社会といった伝統的担い手、大企業・経済的有力者の慈善へと回帰しているかのようにも見えるが、他方で政府がセーフティネットとして社会保障・最低生活保障を提供しようという原則があることにも留意。
・香港は自由主義レジーム→小さな政府。

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2010年3月28日 (日)

西村成雄・国分良成『叢書★中国的問題群1 党と国家──政治体制の軌跡』、国分良成『現代中国の政治と官僚制』、毛里和子『新版 現代中国政治』

西村成雄・国分良成『叢書★中国的問題群1 党と国家──政治体制の軌跡』(岩波書店、2009年)
・中華人民共和国以前を「反動」とみなす共産党史観ではなく、清末・中華民国・中華人民共和国の連続性を重視する20世紀中国史観に立って政治体制の動態を概観。近代化・「富強」志向と政治的統一のための強権主義、普遍的価値と中国的特殊性との葛藤、ウェスタン・インパクト以来の国際社会への参入過程など様々な論点があり得るが、本書は「党と国家」の関係に注目。人民から政治的意思を授権されたという擬制に党が国家・政府を創出・指導する正統性を求めるロジック、この点で中国国民党と中国共産党は同じ性格を有していた。なお、共産党は半恒久的な権力保持を想定しているのに対し、国民党の場合には、孫文が提示した政治プログラム(軍政→訓政→憲政)に将来的な民主化が組み込まれていた点で相対的には近代民主主義に親和的→「中華民国在台湾」における民主化が可能となった。
・蒋介石への権力集中→中国国民党と国家機関の融合関係が制度化。ただし、蒋介石主導の「訓政体制」の下でも、権力集中への抵抗が党内に存在。
・中華民国の水平的正統性の重層性:①広東派は蒋介石政権を承認しないが、国民政府は認める。②地方実力者は国民政府の正統性を必ずしも認めるわけではないが、中華民国からは離脱しない。③少数民族地域権力や中国共産党は中華世界の範囲内には留まった。→南京国民性は、こうした水平的(範囲)、もしくは垂直的(中央‐地方関係など制度面)正統性の拡大に努めた→「以党治国論」の制度化(1931年「中華民国訓政時期約法」、1935年の幣制改革など」。
・戦後、訓政→憲政への移行(民主化)という政治的争点が社会的に広がりを見せる(アメリカからの民主化要求も共振)→双十協定、政治協商会議の開催など政治交渉の場を創出。
・中華人民共和国は、前半30年(建国~毛沢東の死、文革の終結)と後半30年(近代化へ向かう)に分けられるが、党国体制という点では同じ、政治手法が相違。
・WTO加盟→国内産業の改編が必要→初めに指導部の決定ありきで、次に各産業界への説得という順番(社会主義市場経済の「社会主義」の側面)。
・共産党は本来、労農階級の代表であるが、江沢民の「三つの代表論」で「広範な人民」の代表と位置付け→新たに登場した社会階層の包摂。共産党のエリート集団化→実質的な「ブルジョワ」政党化。「党国コーポラティズム」。太子党の人的ネットワークなど既得権益層の固定化。

国分良成『現代中国の政治と官僚制』(慶應義塾大学出版会、2004年)
・①党の指導の絶対性→社会主義官僚組織の自己浄化能力の難しさ。②専門的機能分化の制度化という意味での「近代化」の有無。③歴史的な政治文化の脈絡における「人治」の問題。こうした問題意識を分析視角として中華人民共和国の官僚機構、具体的には経済政策を担当する国家計画委員会を分析。
・第一次五カ年計画期(1953~57年):ソ連モデルの模倣→重工業一辺倒、中央集権化→ここからもたらされた官僚主義、他の産業分野軽視といったひずみを見て毛沢東は中国には合わないと認識→大躍進運動(1958~59年):毛沢東の「鶴の一声」。彼の圧倒的なカリスマを前にして経済官僚は意見を言えず、大失敗(直言した彭徳懐は失脚)。地方からは水増し報告。責任転嫁の無責任体制→失敗が教訓としていかされず、むしろ次の失敗を誘発してしまう悪循環。
・劉少奇・鄧小平たちの調整政策で経済再建→毛沢東の猜疑心→文化大革命。
・1980年代:上意下達方式の政策決定ではなく、下からの積極的な動きを生み出す効率的な政治システムの創出が目標となった。そのため「人治」を排して、いかに近代的な官僚機構を確立させるかが課題。党政分離が提起されたが、天安門事件で頓挫。
・市場化による競争原理の導入→格差や富の偏在といった問題→分配機能を有効に果たす制度が実質的に失われている。

毛里和子『新版 現代中国政治』(名古屋大学出版会、2004年)
・比較政治論の視座を駆使して、毛沢東時代・「四つの現代化」時代それぞれの政治プロセス、国家・共産党・軍隊が絡み合った政策決定メカニズムをはじめ現代中国政治をめぐる多面的な論点を網羅しながら概観。スタンダードなテキストで、レファレンス本として有用。それだけでなく、各論点からは軍の政治関与、少数民族・香港・台湾などをめぐる国家統合のあり方、農民問題と村民自治、民主化、人権問題など現代中国が抱える困難も様々に浮き彫りにされてくる。

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