福田ますみ『暗殺国家ロシア──消されたジャーナリストを追う』
福田ますみ『暗殺国家ロシア──消されたジャーナリストを追う』(新潮社、2010年)
ロシアではマスメディアが政権批判を行うのは禁物らしい。一定範囲ならば言論の自由は許されているにしても、政権や有力者自身がある種の犯罪行為に手を染めた場合、それをチェックする者はおらず、主要マスメディアは政府の翼賛宣伝組織になりさがっている。本書は、そうした中でも例外的に孤軍奮闘している「ノーバヤガゼータ」紙の記者たちにインタビュー、彼らの活動を通して言論の自由と政治的統制との極限的な緊張関係を描き出したノンフィクションである。
とりわけ汚職、治安機関、そしてチェチェン問題はプーチン(+メドヴェージェフ)政権下では絶対のタブーであり、この一線を越えると文字通り命が危険にさらされることになる。同紙ではこれまで6人の記者や顧問弁護士が暗殺されており、その中でもアンナ・ポリトコフスカヤは世界的にも著名であろう。ポリトコフスカヤの活躍にあこがれた若手が入ってくる一方で、反体制的スタンスというよりもクオリティ・ペーパーとしての格調高い文章にひかれたという人がいるのが興味深い。
記者たちの身の危険を案じて方針転換を検討する編集長の迷いは当然だし、かといって政権の言いなりになって黙ってしまえば、理不尽な思いを抱えてどうにもならない人々を守る者は誰もいなくなり、彼らは泣き寝入りせざるを得なくなる。これはバランスをとってどうのこうのという問題ではない。記者たちは人々の訴えを聞いてしまったし、現場に行って事件の悲惨なあり様をじかに目の当たりにしてしまった。政府は臆面もなく情報操作を行う。誰かが伝えなければ、これらの理不尽な事実はあたかも最初からなかったかのようにかき消されてしまう。記者たち、そして協力する人々の必死な息づかいを本書はヴィヴィッドに伝えてくれる。
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