呉濁流『アジアの孤児──日本統治下の台湾』
呉濁流『アジアの孤児──日本統治下の台湾』(新人物往来社、1973年)
日本の植民地支配下にあった台湾のある知識青年を描いた小説。当初のタイトルは『胡太明』、主人公の名前である。戦争中の1943~45年にかけて執筆されており、中には日本軍による残酷な処刑シーンや皇民化に励む台湾人の悲哀など政府批判にあたる箇所も含まれているため、見つからないよう隠しながら書きついだという。
祖父から伝統的漢学の手ほどきを受けた少年期、公学校・国語学校を出て教員となり、さらに日本へ留学、植民地支配下の理不尽から逃げるように大陸へ渡るが、祖国と思っていた中国で台湾人は軽蔑され、スパイの容疑で捕まってしまう。脱走して台湾に戻るが、今度は軍属として召集され戦場に駆り出されたり、様々な矛盾に引き裂かれる中で精神に異常をきたしてしまう、という話。
台湾、日本、中国大陸を行き来しながら、植民地支配によってアイデンティティ分裂を強いられた苦悩を描き出している点では、戦後に著された自伝的小説『無花果』と基本的なプロットは重なる。当時の社会状況における台湾人の心理描写として意義深い。さらに興味がひかれるのは、植民地支配に対する告発というモチーフが全体の主軸を成しつつも、同時に、例えば日本人=支配者=悪という感じに得てして陥りかねないステレオタイプではなく、一人ひとりの人物像がしっかりと描き分けられている。こうした筆致だからこそ文学作品としての説得力も持たせている。
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