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2010年12月30日 (木)

宗像隆幸『台湾独立運動私記──三十五年の夢』『台湾建国──台湾人と共に歩いた四十七年』

宗像隆幸『台湾独立運動私記──三十五年の夢』(文藝春秋、1996年)、『台湾建国──台湾人と共に歩いた四十七年』(まどか出版、2008年)

 著者は日本人だが、学生のとき台湾からの留学生、許世楷(後に陳水扁政権で駐日代表[大使])と下宿先で知り合い、彼の熱気におされたのが台湾独立運動と関わるきっかけだったらしい。彼ら独立運動に携わった留学生たちは、国民党政権下の台湾に戻ると監獄行き、下手すると銃殺刑になりかねない。学位をとり、就職先をみつけないと日本滞在資格を失うため、文字通り必死で勉強していた。従って時間の余裕がとれないので、代わって日本人である著者が台湾独立運動の機関誌『台湾青年』の編集実務を引き受けたのだという。独立運動に関わった人たちの日本語の博士論文が学術系出版社から刊行されており、台湾史に関する本は私も何冊か目を通したが、こうした命がけの背景があったことを知り、改めて身が引き締まる思いがした。

 『台湾独立運動私記』は内部にいた者の視点で捉えた独立運動の回想記である。国民党政権の特務が日本の入管当局にも手を回して日本で活動する運動家たちを強制送還させようと画策しており、強要されてスパイをさせられていた者もいたりして、スパイ映画かと思わせるエピソードが生々しく語られる。共産主義者であるためアメリカにいられなくなって日本に来た台湾人学生・陳玉璽が強制送還されたときには、台湾独立運動家が救援活動を行なうと「独立運動=共産主義の陰謀」という国民党のプロパガンダに言質を与えることになってしまうため彼らは動けず、支援者の川田泰代が日中友好協会に駆け込んだところ「台湾人は中国人ではないから手伝えない」と言われ、結局、彼女や著者など日本人で救援の努力をせざるを得なかった。この事件がきっかけでアムネスティ・インターナショナル日本支部が設立されたそうだ。台湾大学教授(国際法)で「台湾自救宣言」を出したため軟禁状態にあった彭明敏の台湾脱出でも計画を立てたのは著者らしい。なお、彭と面識のあるキッシンジャーが大統領補佐官の地位にあったため、学術的招請という名目で彭の出国に向けて国府に圧力をかけてもらおうと連絡をとろうとしたところ、完全に無視されたという。ちょうどニクソン訪中直前の時期であった。

 『台湾建国』では台湾の民主化にいたる経緯について政論を交えながら回想し、上掲書の後日譚とも言うべき位置付けになる。陳水扁政権が終わり、馬英九が総統に当選する直前の時期の刊行だが、当然ながら李登輝や民進党を支持する論調である。陳水扁政権になり、これまで身近にいた人々が要職に就くのを目の当たりにするのはやはり感慨深いようだ。

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