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2010年12月22日 (水)

隅谷三喜男・劉進慶・凃照彦『台湾の経済──典型NIESの光と影』

隅谷三喜男・劉進慶・凃照彦『台湾の経済──典型NIESの光と影』東京大学出版会、1992年

・日本統治期:当初は米糖経済→1930年代後半から南進基地化を目指して工業化、同時に農業発展の飽和状態から製造工業への進出という背景。この時期、近代的社会経済制度の確立、インフラ整備、米糖経済の開発、工業化の推進といったプラス面の一方で、総督府専制、国家資本支配体制による収奪構造というマイナス面は戦後の国民党政権に受け継がれた。
・戦後:米糖統制による収奪構造→軍事財政負担、また間接的には工業資本の蓄積に有利な条件。
・工業化を特徴付ける二重構造:官営企業=基幹産業=大企業、民営企業=軽工業=中小企業。後者の中小企業が経済成長を主導。さらに両者が相まって輸入代替工業化により発展。
・1957~58年頃に国内市場飽和→①貿易・為替制度の改革、②投資市場を内外に開放→こうした刺激策によって輸出促進→労働集約的な輸出加工産業、対日米貿易、中小企業中心の発展といった特徴。
・輸出先の市場はアメリカに依存、製造部品等の生産は日本に依存→台日米の〈三環構造〉。
・韓国との比較:台湾では日領期以来の米糖経済の展開として農産物加工業(缶詰)→輸出しやすかったのに対し、韓国では工業製品の輸出比率が高く当初は海外市場の拡大困難。また、台湾は官・民分業構造における民間中小企業が主導したのに対し、韓国では民間財閥資本が主導。
・農業分野:農民収奪による工業化支援→行き詰まり→政策転換して、伝統的米糖農業体制から多角化へ。農産品では、対米偏在の輸入(小麦、大豆、トウモロコシ)、対日依存の輸出(エビ、ウナギ、豚肉→養殖業、養豚・養鶏業などで企業家的経営)。しかし、1990年代以降、農業はゼロ成長。台湾農業は軍事財政を支え、余剰資本や労働力など工業化の条件を提供したあげく、工業化の蔭の中に消えていく。
・産業化:労働集約的産業への特化、日米資本・技術・市場への依存→輸出指向的性格→国際分業体制下での工業化、民間主導の経済発展。
・台湾経済発展の主役は中小企業:官営企業とは異なって政府の保護政策が乏しく、ハンディを背負いながら激しい市場競争のもとで成長した。家族経営的性格、商人資本的性格、市場競争的性格、国際的性格。
・農業労働力の工業への移動:小都市・農村部に工業が分散的に展開→農村からの流出労働者に通勤者の比率が高く、労働生活の変化は比較的ゆるやか。また、被雇用→技能習得・資金蓄積→自分で独立開業というパターンもよく見られる。雇用というよりも自由市場での労働力売買という性質。若年女子労働力が低賃金労働を支えた。労使関係の未発達。
・金融・財政制度:政府系資本が独占的。制度金融が社会全体に浸透しておらず、民間では制度外金融(地下金融、高利貸)に頼るケースが多い。
・農地改革により自作農創出、また大量の離農により労働市場の広がり工業化によって全体的に所得水準が上昇→所得水準の格差は比較的小さい。

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