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2010年12月 2日 (木)

NHK食料危機取材班『ランドラッシュ──激化する世界農地争奪戦』

NHK食料危機取材班『ランドラッシュ──激化する世界農地争奪戦』(新潮社、2010年)

 食料の国際価格急騰から生じた2008年の世界同時食料危機。しかし、これは食料の絶対量が足りなかったからではなく、様々な要因や思惑が絡まりあう中で起こったパニックであり、その意味で貿易自由化による食料供給が金融危機と同様の不安定性を抱えていることが浮き彫りにされた。国際市場を握るのはアメリカの穀物メジャーであり、市場原理の下、食料価格の安定化を図るのは難しい。農業は凋落して食糧供給を輸入に頼る状況にある日本をはじめとした国々にとって、これは広い意味で安全保障に関わる問題である。そこで危機感を抱いた国々は食糧生産拠点を確保しようと農業分野の海外進出を急展開し始めた。すなわち、ランド・ラッシュ(農地争奪)である。

 本書では、ロシアの沿海州、ウクライナ、エチオピアなどを舞台に、農業拠点確保を図る日本、韓国、インドそれぞれの取り組みが取り上げられる(中国の姿も見えるが、ガードがかたくて取材できなかったらしい)。なりふり構わず進出を急ぐ危機感(日本は立ち遅れ)、しかし進出される側にとっても、労働習慣の相違、プライドの問題などからトラブルも頻出しており、新たな収奪支配=「新しい植民地主義」という懸念が消えない。また、大規模集約的な農業投資が現地の農村社会を崩壊させ、ひいては農業の基盤となる環境における持続可能性を崩してしまう可能性は深刻であろう。農業生産力の問題ではなく、配分の不均衡の問題と指摘する専門家もいる。食料安保の危機意識と進出受け入れ先で生ずる問題、双方の葛藤が現地取材を通して報告される。

 ウクライナで一人頑張る農家、木村愼一さんの粘り強く朴訥とした姿が印象的だ。壁にぶつかっても、ウクライナの荒廃した農地を蘇らせたいという情熱は消えない。日本国内ではコメあまりが言われる。しかし、ウクライナでのコメ生産を皮切りに日本のコメのおいしさを世界中に知ってもらい、輸出産業へとつなげていこう、といったアイデアも語る。穀物メジャーに対抗する上で、輸送コストを考えるとどうしても大規模化せざるを得ない問題を指摘する向きもある一方で、こうした個人レベルの智恵も何とか生かせる体制づくりができないか、道筋はなかなか見えない。

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