平井久志『なぜ北朝鮮は孤立するのか──金正日 破局へ向かう「先軍体制」』、アンドレイ・ランコフ『民衆の北朝鮮──知られざる日常生活』、綾野『中国が予測する“北朝鮮崩壊の日”』
平井久志『なぜ北朝鮮は孤立するのか──金正日 破局へ向かう「先軍体制」』(新潮選書、2010年)は金正日の権力掌握過程の描写を通して北朝鮮の問題点を浮き彫りにする。彼は金日成から徐々に権限を受け継ぐ一方で、「主体思想」と並ぶ指導理念として「先軍思想」を掲げ、自らの権威付けも図っていく。ただし、「先軍政治」による軍の肥大化は、彼がもう一つ掲げる「強盛大国」に必要な民生部門を掘り崩しており、両立は不可能である。誰が後継者になるにしても、ポスト金正日体制で改革を断行すると大きな混乱が生ずるだろうという。金正日自身も世襲ではあるが、彼は身内のライバルを蹴落としながら奪権したという自負があり、それだけの「政治的」実績を持つ者は後継者候補の中にはいない。金正日は目的のためには手段を選ばないという意味ではプラグマティストである。絶対的な権力を掌握している彼が存命中のうちに改革や対外関係改善の流れをつくっておかねばどうにもならないと指摘される。訪朝時に目撃したという「年齢破壊現象」はショッキングだ。「苦難の行軍」の時期に生まれた子供たちは栄養不良の中で成長したため、知能・体力等の低下が著しいという。仮に体制崩壊、南北統一となっても、金正日体制による負の遺産は当分の間引きずらざるを得ないのは間違いない。
同盟国であったはずの中国やソ連でも北朝鮮の極端なまでのスターリニズム体制には異様なものを感じ、軽侮の対象にすらなっていたらしい。下掲ランコフ書によれば、ソ連で売り出されていた北朝鮮の自国宣伝の雑誌はロシア市民に好んで読まれていたという──共産主義のカリカチュアとして笑うために。北朝鮮からソ連に来た人はたとえモスクワでも自由を感じ、北朝鮮当局はソ連・中国ですら亡命者を誘発するとして監視に怠りなかった。
アンドレイ・ランコフ(鳥居英晴訳)『民衆の北朝鮮──知られざる日常生活』(花伝社、2009年)の著者は1984年にソ連から交換留学生として金日成総合大学に留学、その後はレニングラード大学、オーストラリア国立大学、現在は韓国の国民大学で教鞭をとっており、北朝鮮・韓国双方の事情を知悉した上で北朝鮮事情を分析、本書も留学時の見聞も踏まえながら日常生活から政治・経済システムまで網羅した現代北朝鮮概論となっている。抑圧的な体制下でも何とか生活をやりくりする人々の姿を紹介する一方で、やはり成分による差別、「ビッグ・ブラザー」の監視など暗い影は否めない。拉致、日本人妻、脱北者などの話題にも触れている。一つ気にかかったのは脱北者について。1970~80年代は脱北者が少なかく宣伝価値があったので厚遇され、また脱北の機会のあった人たちはみなエリート階層の出身だった(海外勤務、軍人、パイロットなど)のに対し、1990年代からは中国経由の脱北者が多数韓国へ流れ込み、宣伝価値は低下。エリート出身者はもともと技能を持っているので韓国社会でも成功は可能であったが、一般庶民層は韓国の競争社会に適応できず、一つの社会問題になっている。このことを踏まえ、仮に北朝鮮の体制移行があったとしても、指導的地位に就くのは現体制を支えるエリート階層出身者となる、「偉大なる首領様万歳」がそのまま「民主主義万歳」となり、秘密警察出身者が企業経営者になったりという事態が考えられる(ソ連・東欧圏の崩壊も考慮)。現体制が自由化を進めたらその時点で体制崩壊が起こるだろう、従ってそのことに気づいている現体制は一般庶民の苦しみを無視するからこそ支配体制は安定しているという逆説も指摘される。
綾野(富坂聡編訳)『中国が予測する“北朝鮮崩壊の日”』(文春新書、2008年)は、中国の現役軍人による北朝鮮情勢分析レポート。金正日の瀬戸際外交に中国も振り回されていることを指摘しているので、中国では公刊されなかったらしい。北朝鮮の「先軍政治」は民生部門に大きな打撃を与えており、資本主義的な改革開放を進めるにしても、肥大化した軍の既得権益とぶつかるので軍の反発が予想され、改革を強引に進めたら政権崩壊を招くだろう。もちろん、現状で立ち行くはずもない。日本外交については、日本は北朝鮮を脅威視する一方で、北朝鮮は日本を恫喝すれば済むと考えているという非対称性が指摘されている。
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