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2010年10月18日 (月)

田村志津枝『初めて台湾語をパソコンに喋らせた男──母語を蘇らせる物語』

田村志津枝『初めて台湾語をパソコンに喋らせた男──母語を蘇らせる物語』(現代書館、2010年)

 台北へと向かう飛行機に乗っていたときのこと。アナウンスに耳をすませていたら、日本語、中国語、英語、ここまでは私にも何となく分かる、だが、四つ目の言葉がさっぱり分からない。これが台湾語か、と思い、飛行機を降りるときに台湾人のスチュワーデスさんに尋ねてみると、やはりそうだった。「台湾語は声調がたくさんあって難しいです。ときどき年配の方から、あなたの台湾語は違う、なんて怒られてしまうこともあります」。若くて物腰の洗練された人だったから、おそらく都会育ちなのだろう。そういう若い世代にとっては国語=中国語が日常語であって、台湾語は後から学んだ言葉なのか、と想像した。

 本書の著者は台湾ニューシネマの日本への紹介者としてよく知られている。国民党政権下、国語=中国語が公的な場で強制されていた台湾社会ではあるが、生活感覚のリアリティーを表現するためには一般庶民が使っている普段の日常語=台湾語を映画中でも語らせる必要が痛感されていた。その作風上の新潮流に、やがて戒厳令解除、政治レベルにおける本土化といった趨勢も重なっていく。

 こうした中、侯孝賢監督「悲情城市」に出てきた「幌馬車の歌」をめぐる疑問について調べているときに著者は本書の主人公であるアーロンに出会ったという。コンピューター・プログラマーである彼は台湾語の辞書、さらには発音まで再現できるソフトの制作に全身全霊を込めて取り組んでいた。それは日本統治期、国民党政権期を通算すると百年にもわたって公的権利を奪われてきた母語の復活を目指す努力であった。本書は彼との交流をつづりながら日常語をめぐる台湾社会での葛藤を浮き彫りにしていく。

 言語的差異に基づく階層性は、日常生活全般にわたって影響する問題であるだけに、深刻な政治性を各人の皮膚感覚の中へと刻み込んでしまう。台湾語復権の運動といえばまず王育徳の名前が思い浮かぶが、それは同時に台湾独立運動とイメージ的に結び付く。長年にわたる戒厳令下の経験から政治を語ることはタブーとなっており、そのことによる恐怖感や屈辱巻はアーロンのもらす述懐にも時折垣間見える。だが、言語の問題を政治的争点として前面に打ち出すと、それは対立という契機をも浮上させてしまうあやうさもはらむ。

 アーロンは、台湾語は美しい言葉だという。もちろん言語の美しさに客観的な基準があるわけではない。ここには、この土地でずっと耳になじんできた言葉によって喚起される思い出、人々とのつながり、そういった諸々の感慨の込められた愛惜の念が見て取れるだろう。皮膚感覚になじんだ自然な言葉を使って暮らすことは自分たちの存在理由の根本に関わっており、それが不自然に疎外されてしまうのはおかしい。そうした暗黙ながらも強い思いは、ひたむきにプログラミング作業に打ち込むアーロンの姿からおのずと物語られている。

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