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2010年10月20日 (水)

高田洋子『メコンデルタ──フランス植民地時代の記憶』

高田洋子『メコンデルタ──フランス植民地時代の記憶』(新宿書房、2009年)

 ベトナム史では「北属南進」という表現がよく見られる。現在の地図で見るとベトナム社会主義共和国の最南部に位置するメコンデルタまで狭義のベトナム人(=キン族)が到達したのはそう古いことではない。この辺りはもとから住んでいた人々、新来の人々、様々な来歴を持つ人々が混住している。本書はこうしたメコンデルタの農村での聞き取り調査の記録である。老人たちの語りをできるだけ多く採録して解説は控えめに抑え、写真もふんだんに収録して現地の様子をイメージしやすいように構成が工夫されている。社会主義政権下で監視付きの調査とならざるを得なかったらしく色々と制約も大きくて語られていない肝心なことも多いのかもしれないが、そうした中でも複雑に入り組んだ多民族の状況が窺われて興味深い。

 北から南へと開拓にやって来た祖父母の世代のことをベトナム人老人たちはまだ覚えていた。また、父母のどちらかの系統に華人の血が混じっているベトナム人も多い。それから、フランス人大地主の記憶。建物も残っている。ゴ・ディン・ジェム政権下で土地の分配を受けたキリスト教徒(ゴ政権はカトリック優遇政策をとっていた)。社会主義政権になって土地改革で土地を失った人、もらった人。この地域はクメール人も多く住んでおり、ロン・ノル政権副首相のソン・ゴック・タン、ポル・ポト政権のイエン・サリ、キュー・サム・ファンなどの実家もあるらしい。子供三人がカンボジアへ勉強に行き、ポル・ポト政権になってから音沙汰がなくなったと嘆くおばあさんの語りもあった。第一次インドシナ戦争のとき、ベトナム人は基本的に反フランスだが、クメール人はフランス支持、華人は中立の態度を示したという。植民地期の分断政策の跡が見える。

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