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2010年10月 8日 (金)

スティーヴン・キンザー『リセット:イラン・トルコ・アメリカの将来』

Stephen Kinzer, Reset: Iran, Turkey, and America’s Future, Times Books, 2010

 著者のスティーヴン・キンザーは中東・中米での取材経験豊富なジャーナリストである。冷戦期にアメリカが仕掛けた政権転覆工作によってかえって横暴な独裁者を出現させてしまった矛盾を描き出したノンフィクション作品もいくつか発表している。例えば、Overthrow: America’s Century of Regime Change from Hawaii to Iraq(Henry Holt and Company, 2007→こちら)、All the Shah’s Men: An American Coup and the Roots of Middle East Terror(John Wiley & Sons, 2008→こちら)を以前に取り上げたことがある。

 アメリカの中東との関わり方を模索するのが本書の趣旨であるが、ここで示される論点は大きく分けて次の二点にまとめられるだろう。

 第一に、トルコとイランの現代史を振り返りながら両国ともに民主化・近代化へと向けた内発的な動きがあったことを示し、その点で欧米とある程度まで価値観の共有される素地があることに注目を促す。もちろん万全ではない。トルコのケマル・アタチュルクによる近代化政策は一定の制度化を通してイスラム世界ではまれな世俗的国家を作り上げたものの、それは同時に軍事的色彩の濃厚な権威主義体制という形を取り、「世俗主義」という国是を守るために言論統制、イスラム派や少数民族への弾圧をもたらした。ただし、イスラム政党にルーツを持つ現エルドアン政権はEU加盟を目指して民主化を進め、それは近代化とイスラムとの両立の可能性もうかがわせる。イランの場合にはもっと条件が悪い。ケマルと同時期に近代化を押し進めたレザー・シャーは自ら王位に就いて属人的な専制体制を始めてしまったこと、そのパフレヴィー朝への批判から国民の支持を得たモサデクが英米の画策したクーデターで倒されてしまい、それをきっかけとした反米感情の高まりがイスラム主義と結び付いてホメイニ体制をもたらしたことなどが挙げられる。それでも、アフマディネジャド大統領再選時の不正に対する国民的な抗議の動きに著者はイランに歴史的に根付いてきた民主化への要求を見出す。こうした経過の中でアメリカが演じた負の関与はそれこそ「リセット」したい歴史だろう。二十世紀初頭、イラン立憲革命に身を投じた二人のアメリカ人、ハワード・バスカーヴィル(Howard Baskerville)とモーガン・シュスター(Morgan Shuster)を取り上げているところには、イランとアメリカには本来良好な関係を持つ可能性もあったはずだという著者の思いがにじみ出る。

 中東には冷戦期の戦略的目的からアメリカが強力な同盟関係を築いたやっかいな国が二つある。すなわち、イスラエルとサウジ・アラビアである。前者については言うまでもない。後者では、王家がアメリカと結び付く一方で、その免罪符のような形で王家は国教ワッハーブ派の聖職者組織に資金を供給、そこから反米的なイスラム過激派が生み出されるという二面性がある。冷戦が終わってこの両国の存在はアメリカの対中東関係をこじらせる一因となっており、こうした関係のあり方についても仕切りなおしを図らねばならない。そこで、不安定な中東世界において仲介役が果たせる国として、近代的な価値観とイスラムとの両方の要素を合わせ持つトルコの存在に注目するのが第二の論点である。またEUもトルコの加盟を受け入れるなら、イスラム世界に対して開かれた関係を築こうというメッセージを発することができると指摘する。さらにイランとの関係改善によってアメリカ・トルコ・イランのトライアングルを中東の諸国間関係に埋め込み、その協力関係を通してこの地域の安定化を図るべきことが提唱される。イランとの和解は難しいかもしれないが、ニクソンの米中和解が参照例として挙げられる(この考え方は、例えばRay Takeyh, Hidden Iran: Paradox and Power in the Islamic Republic[ Holt Paperbacks, 2007]でも示されていた)。

 トルコとイランは本来欧米と価値観を共有できたはずなのに、歴史的な経緯の中でうまくいかず、アメリカ外交政策の判断ミスによってさらにそのねじれが増幅されてしまった、その仕切り直しを図りたいというのが本書の趣旨である。見方を変えると、こうした議論は民主化・近代化を指標とする点で西欧文明至上主義の一変種に過ぎないのではないかという批判もあり得るだろうが、むしろギクシャクしがちな欧米とイスラム世界との間に開かれた関係を築く接点をどこに求めたらいいのかという問題意識は重要だろう。

 なお、Foreign Affairs(Vol.89, No.5, Sep./Oct.2010)所収の本書に対する書評論文Mustafa Akyol“An Unlikely Trio: Can Iran, Turkey, and the United States Become Allies?”では、アメリカ・イランの関係構築は近い将来には難しいが、近代化の葛藤の中でイスラム・民主主義・資本主義を総合してきたトルコの寄与できるところは大きいと指摘されている。他方で、トルコとブラジルが核開発問題でイランとの橋渡しをしようとしたところオバマ政権が拒絶した不可解も例示されている。

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