小倉貞男『ドキュメント・ヴェトナム戦争全史』、吉澤南『ベトナム戦争──民衆にとっての戦場』、古田元夫『歴史としてのベトナム戦争』、松岡完『ベトナム戦争──誤算と誤解の戦場』
日本軍の仏印進駐(1940年)、さらに仏印処理(1945年3月)によってフランスの力が消え、後から来た日本軍も敗北。この権力の空白状態を衝く形でベトナム民主共和国が独立宣言(1945年9月)を出したが、再びフランスが舞い戻ろうとしていた。独立へ向けた気運はすでに加速しており、アメリカはフランスの時代錯誤な植民地再構築の試みには反対だったものの、緊迫化する欧州情勢をにらんでフランスと協調を図らねばならず、バオダイを擁立して実質的にフランスの傀儡であるベトナム国を黙認。ホー・チ・ミンが読み上げた独立宣言はフランス人権宣言とアメリカ独立宣言を踏まえた内容であっただけにこの皮肉が際立つ。ディエンビエンフーの戦い(1953年)でフランスは壊滅的な敗北を喫し、ジュネーヴ会議(1954年)でフランスは撤退、ベトナムを北緯17度線で南北に分断することが決まった。ここに冷戦の論理がかぶさり、フランスに代わって今度はアメリカが入り込んでくる。冷戦のフィルターを通して見たためアメリカはベトナム側の民族独立運動としての側面を見誤った。バオダイを追放したゴ・ジン・ジェム政権の腐敗・強権体質は非共産主義者からも反感をかい、以後、クーデターが繰り返される中で政権は空洞化、アメリカが支えなければすぐにも自壊しかねない状況となり、ラオス・カンボジアにも戦火は拡大、誤算の連鎖の中でアメリカはズルズルと泥沼へと引きずり込まれていく。とりわけテト攻勢(1968年)で衝撃を受けたアメリカはベトナム撤退を模索する中で、北隣の中国の了解を取り付ける必要から米中和解に動き、これは北ベトナム側にとっては中国の裏切りと映り、その後の中越紛争の一因となる。パリ和平協定(1973年)でアメリカ軍は撤退、北側の攻勢で南の政権はたちまち崩壊し、サイゴン陥落(1975年)。ところが、同時期にカンボジアで政権を取ったポル・ポト派とベトナムとの関係が悪化し、ベトナム軍がカンボジアへ侵攻、今度はベトナムが国際的に孤立する結果となった。南ベトナムにはバオダイ、ゴ・ジン・ジェム等の政権の腐敗に対する反感がある一方で必ずしも共産主義に賛成ではない人々も多数いたにもかかわらず、北ベトナムは統一後、南の社会主義化を強引に押し進めたため、南側の人々の不満も残った。
ベトナム戦争について概説的な本を4冊。小倉貞男『ドキュメント・ヴェトナム戦争全史』(岩波書店、1992年)。著者はジャーナリストで、当事者の証言(北側の人が多い。中にはベトミンに参加した元日本兵も含まれる)を中心にベトナム戦争の戦況の推移をたどる。語りを踏まえた具体的な描写が続くので光景がヴィヴィッドに浮かび上がって読みやすい。
吉澤南『ベトナム戦争──民衆にとっての戦場』(新版、吉川弘文館、2009年。初版は1999年)。ベトナム戦争史研究の第一人者による渾身の一冊。ベトナムの民衆がアメリカ軍によって痛めつけられたありさまを描き出すという構図。ベトナム反戦世代の強い思い入れがみなぎっている。
古田元夫『歴史としてのベトナム戦争』(大月書店、1991年)の著者もやはりベトナム反戦運動がベトナムへ関心を持つきっかけだったらしい。ベトナム戦争の概略を述べた上で、この戦争がベトナムにとって、アメリカにとって、日本をはじめ世界の国々にとってそれぞれどのような意義を持ったのかという問題意識を示す。
松岡完『ベトナム戦争──誤算と誤解の戦場』(中公新書、2001年)は、縦軸としてベトナムの歴史、横軸として国際関係史、両方の接点としてベトナム戦争を捉える構図になっている。フランス、アメリカ、ソ連、中国と外の大国の思惑によって振り回される中でベトナムが自立的にどのように対応しようとしたのか、とりわけベトナム、アメリカ双方の誤算が連鎖反応を起こしていく様子を描く。大国の論理ではなく、地域の自主的な展開の試みとしてASEANまで視野に収められている。国際関係論の視点から客観的に捉えた通史なので、この松岡書が私には一番読みやすかった。
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