西木正明『さすらいの舞姫──北の闇に消えた伝説のバレリーナ崔承喜』
西木正明『さすらいの舞姫──北の闇に消えた伝説のバレリーナ崔承喜』(光文社、2010年)
まだ映像技術が今ほど発達していない時期のことだから、崔承喜の踊る姿を私は見たことがない(残された映像素材を使ったドキュメンタリーはあるらしいが、未見)。ただスチール写真を見ると、大柄な身体にエキゾチックな美貌で、これが動き始めたら優雅さ漂うダイナミックなものになるだろうとは想像できた。それ以上に後世の耳目を引き付けるのは、彼女がたどらざるを得なかった波乱万丈な人生の軌跡であろう。
日本の植民地支配下にあった朝鮮半島。石井漠の下で研鑽を積んだ東京で花開くモダニズム文化。初めて海外公演をした欧米や慰問旅行で訪れた中国大陸。夫となった安漠を通しては朝鮮独立運動をめぐる緊迫した政治情勢も見えてくる。そして彼に従って身を投じた北朝鮮で権力闘争に巻き込まれ、やがて消息は途切れる。主人公の魅力、スリリングな謎をはらんだ時代状況、小説にするにはまさにうってつけの題材だ。
本書はそうした崔承喜の波乱に満ちた生涯を小説仕立てでたどっていく。彼女を描くことを通して著者は彼女が抱えていた何を見つめようとしているのかが私には読み取れず、小説としては冗長・平板な印象もある。それでも興味深く入り込んでいけるのは、それだけ崔承喜という人が歩んだ道程の醸し出す魅力がドラマティックだということだろう。
なお、崔承喜については以前にこちらで取り上げたことがある。
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