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2010年10月 1日 (金)

ベトナムに関する新書など

 ベトナム事情について取っ掛かりとなる新書や概説書を何冊かまとめて読んだ。とりあえず、今井昭夫・岩井美佐紀編『現代ベトナムを知るための60章』(明石書店、2004年)。明石書店の地域研究~章シリーズはその国・地域に関する専門家を総動員して歴史・地理・文化・社会・政治・経済など項目網羅的に概説されているので、まずこれで人名・地名・専門用語などをとにかく見覚えあるなあ、という程度にまで頭慣らし。
 
 坪井善明『ヴェトナム:「豊かさ」への夜明け』(岩波新書、1994年)、『ヴェトナム新時代:「豊かさ」への模索』(岩波新書、2008年)、古田元夫『ベトナムの現在』(講談社現代新書、1996年)はいずれもドイモイ(刷新)政策の展開によって変化しつつあるベトナムの姿をどのように捉えるかという問題関心の中で社会事情や歴史が解説される。読みながらとったメモを箇条書きしておくと、
・ドイモイは1980年代から農村で実験が始まっており、1986年に共産党の方針として公式に採択された。同時期のソ連におけるペレストロイカの影響は無視できないものの、それ以前に農村で「もぐり請負制」などの形で始まっていた「下からのイニシアチブ」を契機に上層部の方針転換が促されたことが特筆される→北部出身のチュオン・チンの判断でドイモイに踏み切り、南部の改革派指導者グエン・ヴァン・リンが書記長になる。
・ベトナムはコンセンサス重視の意思決定→独裁者が現われなかった一方で、方針決定が遅れがち、微温的な保守主義的傾向。
・「王の法もムラの垣根まで」→村落共同体自治の伝統。
・ベトナム戦争時からの「貧しさを分かち合う社会主義」への反発→経済発展を求める。
・普遍モデルの社会主義ではなく、ベトナム独自=民族化した政策展開へ。
・ベトナム統一→経済的に豊かな「南」を「北」が政治的に支配したという構図になってしまい、「南」側の不満→北部・中部・南部のバランスをとりながら経済発展を進めなければならないという問題意識(発展できる者から発展せよ、という鄧小平的な方針は取れない)。
・経済以外の分野で上に立つのは共産党員(予算配分、許認可権)のみで、「南」には党員になること自体を潔しとしない風潮もあった。また、都会の若者も、党員になると様々な義務が負わされるので自由が制限されてしまう、将来的には経歴としてマイナスになってしまうかもしれないという懸念→党員になりたがらない風潮。
・ベトナム=越南という名称は中国側からつけられたもの。北属南進:北の中国から押されて南のチャンパ、クメールなどを圧迫しながらベトナム人は南下してきたという歴史的経緯。ベトナムもまた「小中華」的に周辺民族と朝貢関係。
・古田書:漢字文化圏(字喃はさらに難しく、大衆向けではない)→ローマ字表記の受容は大衆を含めたベトナム人としての一体感醸成に役立った→中華世界からの離脱という主張と結びつく。同時に、このベトナムとしての個性模索=ナショナリズムが東南アジア(WWⅡ以降になって初めて成立した概念で、もともと共通点のない曖昧さ)指向と結びつく→かつてキン族(京族、狭義のベトナム人)中心の排他性があったナショナリズムが、共産主義運動の中で少数民族を含めた多民族国家へという方針と結びつき、これが多様性指向の「東南アジア」概念と共鳴。
・他方で坪井書は、先住民政策で国民統合を優先させてきた点では「南」も「北」も同じだったと指摘。
・坪井書でホー・チ・ミン再考→独裁的にならなかったリーダーは東アジアでは稀有。彼を近代的主権国家としての独立を目指した共和主義者として把握、時代状況から共産主義に近づいたが、彼をマルクス・レーニン主義者として理解することにはズレがあると指摘。
・ASEANにとってベトナムは対中国の防波堤となる。
・現在、ベトナムでは韓国・台湾の進出ぶりが目立ち、日本の影は薄い。
・日本側のベトナムへの関心:日中関係リスク回避、かつ人件費が中国より安いので進出したい。米越関係の好転。投資の受け入れ環境が整備されつつある。
・坪井善明『ヴェトナム:「豊かさ」への夜明け』で登場するグエン・スアン・オアインに興味を持った。ドイモイという言葉を最初に使った経済学者。1923年生まれ、1940年(日本軍の北部仏印進駐のとき)に日本へ留学。「日本はヴェトナム独立を支援してくれる、日本で勉強して革命家になる」と決意したらしい。京都帝国大学経済学部に入学、卒業は日本の敗戦後。さらに渡米してハーバードで博士号取得。IMF勤務中に南ヴェトナム政府から招かれて中央銀行総裁兼副首相に就任。「祖国に尽くせ」という父の教えを守ってサイゴン陥落後も残留。その後はひっそりと経済学の研究を続けていたが、やがて共産党改革派から非公式に接触を受けてアドバイス。

 ドンソン文化などの考古学的話題から、漢代のチュン姉妹の反乱をはじめとした中国支配への抵抗、ベトナム人の南下とそれによる南部にいたインド系文化を持つチャンパやクメールへの圧迫、元軍撃退、李陳時代という安定王朝におけるべトナムの国としてのかたちの形成、19世紀からのフランスによる植民地支配、さらに日本軍が来てその敗退と共に独立宣言→インドシナ戦争、ベトナム戦争。こうした通史については松本信広『ベトナム民族小史』(岩波新書、1969年)と小倉貞男『物語ヴェトナムの歴史』(中公新書、1997年)がある。松本書は学生のときに読んだ覚えがあった。小倉書の方は人物伝を中心に構成され、かつ情報量も豊富なので一冊読むとしたらこれが一番良いだろう。小倉貞男『ヴェトナム 歴史の旅』(朝日選書、2002年)はヴェトナム北部から南部まで歩いたときに見たり感じたりしたことを取っ掛かりに、それぞれの土地にまつわる歴史的エピソードを紹介。これも読みやすい。

 なお、松本信広は戦前世代で、本来の関心は言語学・民族学・古代史といったあたりにあった。これに対して、戦後世代の古田元夫、坪井善明らの関心のきっかけは学生時代のベトナム反戦運動だったらしい。小倉貞男も生まれは戦前だが、やはりジャーナリストとして取材したベトナム戦争がきっかけになっているようだ。ベトナム戦争に関してはそれだけで相当なボリュームになるからだろう、いずれも別の本を参照するようにという形になっている。

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