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2010年10月21日 (木)

ファム・カク・ホエ『ベトナムのラスト・エンペラー』

ファム・カク・ホエ(白石昌也訳)『ベトナムのラスト・エンペラー』(平凡社、1995年)

 著者はもともと阮朝の宮廷に仕える高級官僚であったが、ベトミンの革命政権に参加したという異色の経歴を持つ。1945年3月、日本軍による仏印処理から日本の敗戦、八月革命によるベトナム民主共和国の成立、フランスとの交渉が決裂して1946年に第一次インドシナ戦争が勃発、そして著者が1947年9月に革命政権側に身を投ずるまでの二年半の回想がつづられている。

 日本軍は仏印進駐後もフランスの植民地統治機構をそのまま温存して日仏共同統治という形をとっていたが、やがて敗色濃厚、フランス側に不穏な動きがあるとして武力クーデターをおこした。このいわゆる仏印処理で騒然とする古都フエの晩から本書は始まる。ベトナム独立という建前をとるために日本側はバオダイを擁立、チャン・チョン・キムに内閣を組織させた。著者は宮廷の官房長官としてバオダイの身近に仕え、独立宣言は彼が起草した。しかし、内閣は足並みがそろっておらず、また一般庶民と宮廷政治との乖離も目の当たりにすることになる。日本の敗戦、八月革命と続いてホー・チ・ミンがベトナム民主共和国の成立を宣言する成り行きの中で著者はバオダイに自発的な退位を進言、ベトナム民主共和国へと合流する。独立を前提としたフランスとの交渉団にも参加したが、フランス側の強硬姿勢を前にして決裂、1946年12月の武力衝突を機に第一次インドシナ戦争へと展開していく。ハノイにいた著者はフランス軍によって身柄を拘束された。今度はフランスが再びバオダイやチャン・チョン・キムたちを手もとに集めており、著者もサイゴンに移送されてから懐柔工作を受けるが拒絶。傀儡政権であるコーチシナ共和国の乱脈ぶりを目撃。さらにハノイに移送されたところを脱出、ベトミン側に身を投じた。

 ここまでたった二年半はあるが、ベトナム現代史におけるその後の行方の分かれ道となった出来事が凝縮されている。バオダイ政権、フランスとの交渉、ベトミン政権とそれぞれの内情を当事者として一人ですべて目撃した貴重な証言であり、様々な人物群像に彩られたドラマとしても興味深い。なお、邦題からはバオダイが主人公のようにも思われるし、私も読み始める前には、例えばレジナルド・ジョンストン『紫禁城の黄昏』のようなものかとも想像していたのだが、実際にはバオダイに関する記述は多くない。遊び人であった彼に対する評価はからい。

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