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2010年9月15日 (水)

中田整一『トレイシー──日本兵捕虜秘密尋問所』

中田整一『トレイシー──日本兵捕虜秘密尋問所』(講談社、2010年)

 太平洋戦争においてアメリカ軍の捕虜となった日本軍兵士たち、彼らを収容した秘密尋問所(呼び名は“トレイシー”)の関係者はながらく口を閉ざしていたが、その具体的なあり様を明らかにしようとしたノンフィクションである。

 日本軍による捕虜虐待を考え合わせると、この尋問収容所の手法は紳士的に思えてくる。一つにはジュネーヴ条約遵守という人道的配慮があったが、それ以上に対日戦、さらには戦後の占領を見据えて捕虜から細大漏らさず情報を引き出さねばならなかったことが大きい。捕虜たちが心を閉ざしてしまったら得るものは何もないのだから。「北風と太陽」の逸話で言うと太陽のようなやり方か。この実用的な態度という点でも日米の差は明らかだった。実際、戦陣訓の呪縛にかかっていた彼らは死ぬことが大前提で捕虜になることをそもそも想定しておらず、当初は頑なだったが、予想に反してアメリカ側が丁重な扱いをするのを見て態度を変えていく。本書の話題の一つである盗聴という手法も効果的だった。それから、日本語を使いこなせる人材が少ない中、コロラド大学ボールダーに集められた取調官候補者たち(その中にはドナルド・キーンやエドワード・サイデンステッカーなどもいた。日系人に対しては猜疑心があったので、戦局が押し詰まって人材不足が明らかになるまで日系人を活用するという発想はなかった)。尋問収容所を舞台とした一種の異文化交流史として読んでも興味深い。

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