ジェイ・テイラー『ジェネラリッシモの息子:蒋経国と中国・台湾における革命』
Jay Taylor, The Generalissimo’s Son: Chiang Ching-kuo and the Revolutions in China and Taiwan, Harvard University Press, 2000
蒋介石・蒋経国父子を比べてみたとき、私としては息子の方が興味深い。蒋介石はじっと歯を食いしばってまっすぐ突き進むいかにも軍人らしいパーソナリティーだが、その分、いくぶんか面白みに欠ける。対して、蒋経国の屈折した経歴は、その謎めいた複雑さそのものに目が引かれる。
第一次国共合作のときに蒋経国はソ連へ留学したが、国民党の実権を掌握した蒋介石が共産党に対する苛烈な弾圧を行った際、当時は熱烈なマルクス・レーニン主義者となっていた経国は父親を批判した。ただし、彼のソ連での立場は悪く、ちょうどスターリンによる大粛清の嵐が吹き荒れていた時期でもありシベリア送りも体験したが、彼の才覚と取引材料に使えるポジションから事実上の人質として温存され、第二次国共合作後、中国へ戻る。その後は父親の腹心として重要課題を任され、とりわけ国府遷台後は特務の責任者として共産主義者狩りにも辣腕を振るった。彼は血にまみれた特務の親玉として非難される一方、経済建設、さらには段階的な民主化を進めた側面もあり、この両極端なイメージは彼の評価を難しくしている。ただし、直面した政治課題の核心を正確に認識し、それに応じた対応策を着実に打ち出していけるリアリストと考えれば整合的に理解できるだろうか。
本書は、第Ⅰ部Revolutionでソ連留学時代から第二次世界大戦、国共内戦に至るまでの波乱に満ちた彼の半生を描き出し、第Ⅱ部Islandで蒋介石・蒋経国父子による政治判断を軸として戦後台湾政治史が叙述される。著者の近著The Generalissimo: Chiang Kai-shek and the Struggle for Modern China(The Belknap Press of Harvard University Press, 2009)も最近読んだが(→こちらで取り上げた)、蒋介石と蒋経国、父子ともに“中国近代化”を目指していたと捉える視点で一貫している。ただし、父親が「三民主義」とか「反攻大陸」とか怒鳴り散らすだけだった(著者はこういう書き方はしていないが)のに対し、台湾の置かれた現状に合わせて実効ある具体策を打ち出していくのが蒋経国の役割であった。
米中接近による台湾の国際的孤立化、台湾ネイティブからの外省人支配に対する不満、こうした内外の困難を踏まえて蒋経国は台湾人社会から支持を得るために経済発展による民生向上に努め、さらには段階的な政治参加を通した民主化・台湾化へと徐々に舵取りを切り替えていく。他方で、こうした改革路線に対して国民党や軍部、特務等の保守・強硬派からの危惧も強く、それは暴発的な事件をもたらした。民主化勢力と体制内強硬派、双方を抑えこみながら民主化へ向けた下準備を進めることができたのは他ならぬストロング・マンの圧倒的な手腕である。台湾民主化で李登輝の果たした役割ももちろん非常に大きいが、その種をまいたのは蒋経国だったということになる。台湾の民主化は同時に中華民国の台湾化=脱中国化に進むのではないかという懸念もあった。しかし、台湾が民主化のモデルとなることによって中国大陸における民主化の動きを誘発させ(蒋経国のモスクワ留学時代の同窓生である鄧小平がちょうど改革開放を進めていた時期である)、双方の交流が深まることで中国としての一体性は保障されるという意図が蒋経国にはあったのだと著者は指摘する。
本書は蒋経国が段階的に民主化を目指した努力に重点を置いているが、同時に、特務の最高責任者として白色テロの指揮を執った負の記憶から台湾社会の一部には蒋経国に対する強い拒否反応があることも付記しておかねばならないだろう。
なお、蒋経国について日本語文献で読みたい場合には、若林正丈『蒋経国と李登輝──「大陸国家」からの離脱?』(岩波書店、1997年)がおすすめである。
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