« ジェイ・テイラー『ジェネラリッシモの息子:蒋経国と中国・台湾における革命』 | トップページ | 村嶋英治『ピブーン──独立タイ王国の立憲革命』 »

2010年9月20日 (月)

末廣昭『タイ──開発と民主主義』『タイ──中進国の模索』、柿崎一郎『物語 タイの歴史──微笑みの国の真実』『王国の鉄路──タイ鉄道の歴史』

末廣昭『タイ──開発と民主主義』(岩波新書、1993年)
・タイの政治経済をトータルで把握しようという問題意識。国際経済の受動的アクターとして捉えるのではなく、タイ経済自身の自律性を重視。
・「開発」は政治の長期安定性が必要である一方、「民主主義」は分権化や政治変動の激しさをもたらすことがあり、両立の難しさ→「タイ式民主主義」。
・「民族」「宗教」「国王」のトライアングルでタイの政治文化を把握。徳を以て上からの温情主義的政治。
・軍人出身のサリット首相による開発体制→権威主義的温情主義だが、タイ社会の近代化・経済水準の向上を成し遂げた。ただし、その後、軍実力者による政治腐敗→批判→民主化要求。
・プレーム首相は調整型政治、手続き民主主義の尊重。他方で、国王・軍部・テクノクラート等の意向を重視→「半分の民主主義」。

末廣昭『タイ──中進国の模索』(岩波新書、2009年)
・上掲書の続編という位置付けで、1988年以降を叙述。
・「選挙にもとづく政治」「仏法と倫理にもとづく政治」「国民の父(=国王)」という三層構造でタイ政治を把握→従来のタイ政治の特徴は「政権の不安定、政治の安定」、つまり前者「選挙にもとづく政治」が不安定でも後二者「仏法と倫理にもとづく政治」「国民の父(=国王)」が揺らがなければ全体としての政治は安定していた。ところが、前者が後二者へと侵食し始めたとき政治全体が不安定化(具体的には、タックシン政権)。
・グローバル化・経済自由化によるストレスが強まる中、「足るを知る経済」の主張(1997年の国王講話から)。
・ところが、CEO型首相としてタイ社会の現代化・「国の改造」を目指すタックシン政権は市場原理・自由競争重視の政策を打ち出す(言い換えれば、「仏法と倫理にもとづく政治」軽視)→「足るを知る経済」とは対立(これを提唱した国王の意向にも反する)。
・タックシンは国会での議論よりも国民との直接対話を重視→「もう一人の国民の父」。タックシンの強引な政治運営には民主化勢力からの批判、国王の権威を傷つけかねないことに対して王室支持勢力の危機感、人事や予算への介入で軍部の不満、行政改革に振り回された官僚の不満→2006年9月のクーデターでタックシン追放。

柿崎一郎『物語 タイの歴史──微笑みの国の真実』(中公新書、2007年)
・古代から現代に至るまでの通史。タイの「ナショナル・ヒストリー」を第三者の視点から解きほぐしながら叙述する立場。
・東南アジアの王国は「マンダラ型国家」:支配者の権力が中央から周縁に向かうにつれて小さくなる。大マンダラと小マンダラの保護・被保護の関係で成り立つので、国王の権力の大きさに応じて領域も変化、従って、国境は不分明。
・出自を問わず有能な人材を登用する柔軟性→例えば、山田長政。中国系政治家が多いのもそういう事情か。
・イギリスとバーネイ条約(1826年)・バウリング条約(1955年)→開国、王室独占貿易が崩れる→代わりの収入源として徴税請負制度→中国系が活躍。
・チュラローンコーン王のチャクリー改革→中央集権化→領域国家へ。鉄道の敷設→政治経済的統合。
・ワチラーウット王:文筆家として有名で自ら新聞投稿、タイ人意識を昂揚→「上からのナショナリズム」。辛亥革命→中国人を警戒。
・絶対王政に対する不満→1932年、人民党のクーデターで立憲革命。
・ピブーン首相:ナショナリズムの強調。1939年に国家信条を公布→シャムからタイへ国名変更。中国人に対しても同化政策。大タイ主義→英仏に奪われた「失地」回復要求→第二次世界大戦に際して日本軍に協力(英領ビルマのシャン地方へは自発的に進軍)。ただし、「やむをえず」参戦したというポーズ。日本軍による事実上の占領への不満→1943年の大東亜会議には代理を派遣して自らは出席せず、大東亜宣言にも署名せず。他方で、「自由タイ」が連合国側と連絡をとっていた→難局を切り抜ける→タイの「世渡り上手」。
・タイで一番有名な日本人は?→小説・映画「メナムの残照」の小堀。
・サリット政権の「タイ式民主主義」→開発、反共。国王の権威昂揚を図る→現在目にするような国王への崇敬はこの政権時代から。プーミポン国王も積極的に地方巡幸。
・タイの経済発展、「メナム圏」構想→「先進国」としての優越意識により周辺諸国から反発もある。たとえば、同じタイ系言語の東北方言を揶揄したテレビ番組→その東北方言を国語とするラオスの反発。
・“タイ”という国号にはタイ人の文化的優越性を強調する意図、対してかつての“シャム”はタイ人だけでなく、中国人、マレー人、クメール人など様々な民族や文化の多様性を許容していた→“シャム”への再度の国号改称という問題提起。

柿崎一郎『王国の鉄路──タイ鉄道の歴史』(京都大学学術出版会、2010年)
・上掲書の著者の専門領域はタイの鉄道史。鉄道という切り口からタイにおける近代社会の変遷がうかがえる。
・ソフトカバー、「ですます」調、列車の写真も豊富に収録して一般読者層を意識しているのだろうが、内容は完全に学術書。情報量は豊富だが冗長で、その分、全体的なストーリーの勘所が見えづらくなっている。テーマ的には興味深いだけにもったいない。

|

« ジェイ・テイラー『ジェネラリッシモの息子:蒋経国と中国・台湾における革命』 | トップページ | 村嶋英治『ピブーン──独立タイ王国の立憲革命』 »

国際関係論・海外事情」カテゴリの記事

東南アジア」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/197828/49503099

この記事へのトラックバック一覧です: 末廣昭『タイ──開発と民主主義』『タイ──中進国の模索』、柿崎一郎『物語 タイの歴史──微笑みの国の真実』『王国の鉄路──タイ鉄道の歴史』:

« ジェイ・テイラー『ジェネラリッシモの息子:蒋経国と中国・台湾における革命』 | トップページ | 村嶋英治『ピブーン──独立タイ王国の立憲革命』 »