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2010年9月26日 (日)

陳培豊『「同化」の同床異夢──日本統治下台湾の国語教育史再考』

陳培豊『「同化」の同床異夢──日本統治下台湾の国語教育史再考』(三元社、2001年)

・日本の台湾統治としての「同化」政策において中核となった「国語」教育を検討。「同化」政策には、民族として日本人へと包摂していく「民族化」と近代文明摂取のための「文明化」、あるいは平等化と差別化といった二つのベクトルがあった。①日本人化と文明化の両方を全面的に受容するのか? ②儒教文化、中華ナショナリズム等に基づき両方を全面的に拒絶するのか? ③文明化のみを選択的に受容するのか?→台湾人は③の選択的受容を目指していたと本書は捉える。国語教育を経由して近代文明を摂取しながら、さらには台湾人自身による近代化への自律的な模索の動機が芽生えていた。
・伊沢修二→「一視同仁」の具現化として「同化」を目指す一方で、台湾社会の現状に合わせて「混和主義」。
・後藤新平は台湾の民度を低評価→差別統治が基本。持地六三郎→日本人への同化よりも、植民地の経済的利益を優先して科学的智識の教育。
⇒それぞれ力点の置き方は違っても、智識教育による「文明への同化」という点は共通している。
・台湾人の国語教育の受容→社会的地位上昇の機会。近代文明への接近経路として。宣教師や台湾人キリスト教徒も国語教育には協力的(朝鮮半島では日本への反感からキリスト教系ミッションスクールへ行きたがる人が多かったのとは対照的)。
・李春生:クリスチャンで洋務運動の先覚者であると同時に、国語教育に協力→日本はキリスト教を排除しなかった文明国という考え方→近代文明への渇望と同時に、日本側における支配論理としての国体論について認識なし→「同化」の同床異夢の関係が成立→この後、近代文明を選択的に受容したいという台湾人側の反応が浮上してくる。
・辛亥革命など大陸における情勢が台湾にも波及→隈本繁吉の主導で台湾版教育勅語の草案→「文明への同化」が後退し、「民族への同化」に比重が移行。
・林献堂:梁啓超との温度差→梁は日本統治の近代的要素を評価し、林の儒教的文人としての生活態度に対して近代文明への関心を促す。そのための摂取言語として日本語をすすめるが、梁にとっては無色透明の方法論に過ぎなくても、林にとってはアイデンティティへの脅威であった。もちろん、林も頑迷な民族主義者というわけではないので、自身は日本語を使わなくても子弟は日本へ留学させている。
・新世代知識人→「同化」の道具である日本語を使いながら「同化」を非難するという矛盾。かといって、漢文は近代文明摂取には不向き。黄呈聡の白話文運動→大陸の白話文は台湾語話者にとっては大衆性乏しい→蔡培火の台湾語ローマ字運動→日本の国体論と衝突。
・皇民化運動→近代文明選択受容のフィルターが弱まってしまった。周金波は皇民化─日本化─近代化を一直線に捉えていた。

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