小林秀明『クーデターとタイ政治──日本大使の1035日』
小林秀明『クーデターとタイ政治──日本大使の1035日』(ゆまに書房、2010年)
著者は外交官で、2005年11月から2008年9月までタイ大使として着任していた時期の見聞をまとめた手記である。ちょうどタクシン派と反タクシン派との対立が厳しくなり、クーデターや政権崩壊が繰り返された混乱の時期。大使としての中立的立場からタクシンやプレム枢密院議長、スラユット首相、サマック首相、チャムロン氏などタイ政治のキーパーソンたちと面会することができたので、彼らの印象がつづられているのが興味深い。タクシンは追放されたものの、議会の多数をタクシン派が占めているため操り人形的にサマックが首相に就任した。しかし、反タクシン派の動向は激しくなり、軍部や司法は国王に忠誠を誓っているためサマックの言うことをきかないどころかつぶしにかかった。本書の筆致は穏やかなものだが、表舞台とは別な次元でタクシン派、国王支持派(具体的にはプレム枢密院議長が動いていた)それぞれを動かす裏の動きが行間から見え隠れする。
なお、クーデターをおこしたソンティ陸軍司令官や元外相のスリン・ピツワンASEAN事務局長はイスラム教徒(アユタヤ朝以来のエリート一族らしい)、テート外相はペルシア系(やはりアユタヤ朝以来の家柄らしい)、そしてタクシンは祖父の代に移住してきた中国系である(かつてワチラーウット王やピブーン政権の時代のナショナリズム政策で中国系はタイ風に名前を変えた)。山田長政もそうだが、タイ王朝は有能であれば外国人でも積極的に人材登用した伝統があると別の本で読んだ覚えがあるが、現在の政治的キーパーソンたちを見てもそうした傾向がよくうかがえるのが興味深い。
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