ジョン・ルカーチ『第二次世界大戦の遺産』
John Lukacs, The Legacy of the Second World War, Yale University Press, 2010
著者は名前から分かるようにハンガリー出身の歴史家。マルクス主義文学批評で著名なルカーチ・ジェルジと関係があるのかどうかは知らない。見覚えのある名前だと思っていたら、ジョン・ルカーチ(早稲田みか訳)『ブダペストの世紀末―都市と文化の歴史的肖像』(白水社、1991年)という本が手もとにあった。
本書は第二次世界大戦を体系的に論じた歴史研究書というよりも、第二次世界大戦の性格付けについてエピソードを絡めながら語った歴史エッセイという感じだ。第二次世界大戦をどのような脈絡の中に位置付けて把握するかというテーマはその後の政治対立とも密接に関わり合って意外と難しいテーマである。民主主義対全体主義の戦いという耳にたこができるほど聞き慣れた位置づけもあるし、反共主義の流れでは1917年のロシア革命以来の共産主義イデオロギーとの対立関係の中で第二次世界大戦と冷戦を一緒に捉える議論もある。本書は、第一次世界大戦の結果としてロシア革命がおこり、第二次世界大戦の結果として冷戦が始まった、という地味な因果関係で考えている。大上段に振りかぶった一本調子の「史観」には懐疑的で、むしろ様々なロジックや猜疑心が敵味方、戦争当事者間に絡まり合っていたことを個々のエピソードから垣間見ていこうとするのが本書の面白さだろう。
ドイツでは「二つの戦争」という論点があった。つまり、第二次世界大戦は①対アングロ・サクソン戦争、②対ソ連戦争が同時進行しており、前者については早期講和し、後者に集中すべきだったという議論である(本書では触れられていないが、日本では同様に①対アメリカ戦争、②対ソ連戦争、そして③植民地解放戦争という三つのロジックがあり、③を大義名分として中国との講和交渉を主張するグループがいたことも想起した)。戦後に現われた「二つの戦争」の議論はいわゆる「歴史修正主義論争」で話題となったが、戦時中にも例えばルドルフ・ヘスのイギリス行きはこの論理を持っていたほか、本書で一つの章が割かれている理論物理学者ハイゼンベルクも同様の考え方をしていたのが興味深い。ドイツが優勢のときはイギリス側に同様の動機が芽生えており、ドイツの敗色が濃くなってからの時期、スイス・ベルンでの親衛隊幹部ヴォルフによる連合軍との交渉にはヒムラーばかりでなくヒトラーも同意していたと指摘される。冷戦の起源に関しては、ソ連=ロシアとの歴史的なパワー・バランスの中で捉えて冷戦の時期を1947~1989年と明確化し、ロシア革命以来の共産主義イデオロギーとの対立という観点は取らない。Rainbow5というアメリカの戦略戦争プランのコードネームを私は知らなかったが、これは1941年に採択され、あくまでも対ドイツ戦にプライオリティーが置かれており、対日戦は限定戦争が前提だった。ところが対日開戦後、実際には日本本土上陸まで視野にいれなければならない趨勢に巻き込まれてしまったが、これを事前には想定していなかった。軍部策定の戦略プランや原爆が対日戦争終結につながったのではなく、ポツダム宣言で謳われた「無条件降伏」に関して天皇制を廃止しない(国体護持)という形で事実上の有条件降伏として暗黙の読み替えをしたからだと本書では指摘されている。Rainbow5のようなプランは戦略そのものとしてではなく、むしろ国内世論の盛り上がりという形で影響したという。
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