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2010年8月10日 (火)

呂紹理『時間と規律──日本統治期台湾における近代的時間制度導入と生活リズムの変容』

呂紹理(三尾裕子監訳)『時間と規律──日本統治期台湾における近代的時間制度導入と生活リズムの変容』(交流協会、2006年)

・「標準時間」という観念の浸透によってもたらされた台湾の社会的変容とそこに刻印された「近代性」と「植民地性」との二重性を分析。
・清朝期から、①欧米人との対外交易の始まり、②劉銘傳の新政によって時間的規範意識の変容は始まっていた。
・日本統治初期における気象情報報告、郵便電信、鉄道システムの整備→全島的時報システムの確立(1913年)。
・植民地教育→公共生活で遅刻を許さない、時間厳守励行の規範植え付けを意図。
・皇民化運動・戦時動員→社会全体が画一的生活リズムに組み込まれた→標準化された時間的規範が内面化された。
・鉄道の発車本数の増加、運行密度の高まり→時刻表は分刻み→近代的な機械時計に依存。
・製糖業で働かされる小作農も農業でありながら工場労働のような環境→「水螺」で時間を知らされて労働開始→上から時間意識が支配されたが、農村では内面化まではされておらず、労働時間外での時間意識にはつながらず。他方で、都市部の労働運動では労働時間に関する要求も見られた。
・ラジオ放送→全島レベルでの共時性、家庭内への浸透。
・レジャー活動などを取り上げた第五章については分析がまだ弱かったと著者は序文に書いている。
・植民地政府が標準時間の決定者、解釈者、配分者としての役割→時間的規範意識はあくまでも団体行動を基本として命令へ服従させることが意図されていた。個人が自主的に生活を組み立てるための判断根拠という形では利用されていなかったことを指摘。

 本書を読みながら、日本統治期に育った日本語世代の老人たちが「日本精神」「大和魂」といった言葉を使うとき、それは日本でイメージされるようないわゆる「右翼」的な観念とは異なり、そこには時間厳守も含めて生活徳目に関わる規範意識が込められていたことを思い出した。

 こうした生活徳目について、たとえば、時間厳守=期日を守る、約束を守ってウソをつかない=契約遵守の観念、礼儀正しさ=対人関係の円滑化、勤勉=職務に忠実、公共心=法律や規則の遵守、と読み替えてみると、分業によって効率性向上を図る資本主義的経済組織の運営に不可欠な生活習慣的エートスであったことが分かる。その意味で、むしろ一種の“近代性”そのものだったとすら言える。そうした近代的組織化を円滑に進めるための規範確立が国家の植民地支配事業として進められていた。その点で本書で指摘される時間意識と「近代性」及び「植民地性」とは密接に結び付いていたことが分かる。

 戦後、台湾接収にやって来た国民党をはじめとした中国人の大半にとって、この時間意識は異世界のものであった。つまり、1940年代の台湾は日本の軍需的必要もあってすでに高度な工業社会へと移行しつつあったのに対し、中国大陸はまだ時間的規範意識を要求される産業段階には入っていなかった。そのため、中国人は台湾人を奴隷根性と蔑視、台湾人は中国人を野蛮で洗練されていないと軽蔑したという点にも、両者の反目の一因があったことが考えられる。

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