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2010年8月 4日 (水)

村上重良『国家神道』、安丸良夫『神々の明治維新──神仏分離と廃仏毀釈』、島薗進『国家神道と日本人』

 実のところ、神道というのが私にはよく分からない。別に批判的というのではなくて、そもそも神社が身近な存在ではないからだ。初詣に行く習慣もない。伊勢や出雲までわざわざ足を運んだこともあるが、自分の生活世界とは全く異質なものを見に行く感覚、ある種のオリエンタリズムとも言うべき視点で見てしまうよそよそしさが私にはある。土着のものでありながら、その土着性そのものが自分にとって異質だという遊離感。近代日本における国家神道というのも、こうした矛盾がある一面においてはらまれていたのかな、という気がしている。

 国家神道についてまず手に取るべき定番は、村上重良『国家神道』(岩波新書、1970年)だろう。批判意識を全面的に打ち出しながら国家神道の全体像を概説的にまとめている。内面的普遍性を志向する創唱宗教とは異なって、神道はもともと共同体祭祀が中心、従って日本民族以外には通用しない原始的な民族宗教であり、国家神道はこれを素材にして国民支配のためのイデオロギーへと仕立て上げた、という視点である。惟神の道→無思想→政治的な必要に応じて恣意的な内容を盛り込める。個人としての内面的契機を欠いており近代社会には相容れないとする問題意識は、戦後アカデミズムの思潮と足並みをそろえている。

 明治における国家神道の形成は、日本を一つの国家としてまとめ上げるため国民に国体イデオロギーを内面化させるという政治的要請と軌を一にするものであった。そのために在来の宗教生活が再編成を余儀なくされていく過程については、安丸良夫『神々の明治維新──神仏分離と廃仏毀釈』(岩波新書、1979年)で描かれている。

 島薗進『国家神道と日本人』(岩波新書、2010年)は、村上書を批判的に受け継ぎながら議論を展開していく。私が関心を持ったポイントは、第一に、下からの国家神道という論点。伝統的な皇室祭祀はひっそりとしたものであった。ところが、明治維新後の皇室祭祀は祝祭日の制定、学校行事、マスコミ報道などを通して国民生活のリズムと直接結び付いた。国家儀礼を通した畏敬や愛着によって強い統合力が生み出されるという宗教形態は近代的な新しいものである。村上書が上からの支配のイデオロギーとして作用した面を強調したのに対し、島薗書では、上からばかりでなくこのようにいわば下からの国民運動としての性格も同時に持っていたところに国家神道の特徴を見出している。

 第二に関心を持ったのは、国家神道と他宗教との分業という論点。神道は宗教ではないという戦前の論理は現在の我々にはいまいち分かりづらいが(制度的には、神道は内務省神祇局が、他の宗教は文部省が所管)、国家神道は形式としての祭祀が中心であって、内面的な苦悩を救済するに足るだけの実存的拠り所は持っていない(→公)。そのため、他の宗教にそうした実存的問題を任せる(→私)という二重構造。ところが、そうした分業の一方で、靖国神社(陸海軍が所管)は若い兵士たちの戦死というまさしく実存的苦悩に関わったため、国家神道の中でも独特な位置を占めた。

 村上書ではGHQの神道指令によってこの前近代的宗教形態は解体されたと捉えていたが、国家神道の中心に位置していた天皇には何ら手がつけられていない、その点で国家神道は実は消えていないと島薗書は指摘する。神道は自然宗教だとされる一方で、この国家神道の見えづらさのため議論が混乱しているという問題意識が示されている。

(なお、最近の神道では、例えば鎌田東二のスピリチュアリティとしての神道などもあるが、これは国家神道とは全く別物だ。こういうところでも私には神道の捉えどころがよく分からず、混乱している。)

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