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2010年7月11日 (日)

五十嵐太郎『建築はいかに社会と回路をつなぐのか』、五十嵐太郎・磯達雄『ぼくらが夢見た未来都市』

 五十嵐太郎『建築はいかに社会と回路をつなぐのか』(彩流社、2010年)はこれまで発表されたエッセイや論考の集成。テーマ的に一貫したまとまりが必ずしも見えるわけではなく雑然とした印象も受けるが、それだけ建築を論ずるには多様な切り口があり得るのかと興味がかき立てられる。建築や都市設計というのは単に箱物をつくるというだけでなく、それを利用し中で暮らす人々のライフスタイルを表現することになり、そのライフスタイルに通底するロジックを読み解けば思想史になる。さらに、都市を設計することは同時に新たな世界観を構想しようという強烈な主体的働きかけでもあるわけで、そうしたイマジネーションの力と現実社会との接点というところに魅力を感じる。人文系の論者がよく建築を論じ、逆に工学系の中でも建築家に人文的教養豊かに都市を語る感性を持つ人が多いのも、そうした境界的性格に理由がある。他方で本書では、世論で都市をめぐる問題が大きくクローズアップされたときでも政治的論点にばかり目が奪われて、建築としての造形美そのものへの関心が高まらないという不満もところどころで垣間見える。

 イマジネーションと現実社会との切り結びという点でワクワクと胸躍るような興奮を覚えるテーマが未来都市だ。五十嵐太郎・磯達雄『ぼくらが夢見た未来都市』(PHP新書、2010年)は、実際の都市計画や万博ばかりでなくユートピア思想やSF作品なども広く取り上げて論じている。かつての未来都市のイメージにはレトロ・フューチャーとしてなつかしく感じられるものもある。大阪万博があたかも敗戦の代理戦争であるかのように国民総動員的であったのに対し、メディアから無意味だ何だとバッシングを受けた愛知万博は、その低調ぶりそのものが「戦後」的だったという指摘に興味を持った。

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