田中修『検証 現代中国の経済政策決定』
田中修『検証 現代中国の経済政策決定』(日本経済新聞出版社、2007年)
・中国の経済的・社会的諸問題(三農問題をはじめ社会的格差、経済のアンバランス、エネルギー・資源不足、等々)を踏まえ、江沢民‐朱鎔基指導部や胡錦濤‐温家宝指導部の経済政策(1996~2006年)について、党中央・政府公表文件の丹念な解読を通して全体的に概観。その上で経済政策の問題点について分析・提言。以下、関心を持った点だけ適当に箇条書きメモ。
・五カ年計画→財政政策の方向性を拘束するので景気安定化に役立たない。
・朱鎔基は中央政府ではリストラを断行したが、地方政府改革までは及ばず。県以下の財政制度未確立。三農問題や社会保障・教育・衛生の問題に取り組むのは行政末端レベル(郷鎮・村)だが、こうした末端部では財政的裏づけが乏しい→末端地方政府レベルでの農民収奪にもつながる。
・社会的公正や経済活動保障のため法治へ向けた努力。中国に民法典はない。2007年、物権法制定→政府による土地収用衝動を抑制し、農民の権利整備。ただし、「公共の利益」という留保→恣意的運用の可能性が大きい。それから、市場経済の正常な運営のためには独占禁止法の制定も必要。
・金融体制の改革。重要な金融政策は国務院で決定→中央銀行の機動的対応が困難。
・累進型の個人所得税→11の所得分類ごとに税率が異なり、中国では副収入も多いため、所得の全貌把握は困難。都市住民には給与所得控除があるので低所得層は税負担軽減、他方で農民の場合、農業税(2006年に廃止)には控除制度がない上に、末端地方政府が様々な名目で費用負担。
・所得再配分のための租税、中央から地方への財政移転、社会保障のいずれにおいても不備→都市・農村、東部・中西部、都市内部の経済格差が拡大した。所得再配分機能強化策として、個人所得税の改革や相続税・贈与税導入の必要。
・中央‐地方政府間の権限調整問題。
・農業税廃止→末端地方政府の財源不足→義務教育は末端政府の責任とされているため、教育が行き渡らず労働力の質が低くなってしまう→巨大な雇用のミスマッチが生ずる可能性。
・1992年、鄧小平の「南巡講話」で「先富論」→江沢民指導部(上海閥)はこの「先富論」優先、農村部への配慮なし。
・漸進主義的改革:経済成長のパイをうまく配分して既得権益層をなだめながら改革を進める→パイの成長が鈍化すると利害調整困難→朱鎔基の改革不徹底。
・胡錦濤指導部には貧富の格差の拡大→社会停滞という危機感。経済成長方式の質をいかに切り換えて、「先富」から「共同富裕」へと向かうか→抜本的な所得再配分政策を実現させない限り無理。調和や持続可能性を謳い上げつつも、同時に経済高成長路線を絶対条件とする二面性の困難。
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