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2010年7月13日 (火)

原武史『滝山コミューン 一九七四』、原武史・重松清『団地の時代』、三浦展・志岐祐一・松本真澄・大月敏雄『奇跡の団地 阿佐ヶ谷住宅』

 原武史『滝山コミューン 一九七四』(講談社文庫、2010年)では、高度経済成長期の背景をなす精神史として団地という生活空間が意外と注目されていないという問題意識から、東京郊外、滝山団地の小学校で著者自身が過ごした学級の光景を回想、呼び覚まされた記憶がそっくりそのまま検討材料とされる。団地という既存の地縁から切り離された空間には新しいタイプの核家族が居住、とりわけ専業主婦が多い。革新系はこの人たちをオルグのターゲットにした。そうした風潮の中、「民主化」を掲げて「進歩的」集団教育を志す日教組系の若い教員の熱意が、クラスをかえって権威的集団主義に陥れてしまった矛盾。同調圧力で熱に浮かされたようなクラスメートの姿。そうした異様な空気の中で著者自身が抱えた息苦しさを振り返り、その分析を試みる。著者が提唱する空間政治学の具体的応用でもあるし、そもそも著者自身の後の研究動機の芽生えが確認されていくところも興味深い。私はちょうど1974年の生まれだが、世代が違うとはいえ確かに公立小学校には共産党系の先生が多かったけど(東京の日教組は共産党が強かった)、同じ東京の小学校でこんな文革や日本赤軍まがいの出来事があったというのはフィクションではないかと疑いたくなるくらいに驚きだ。

 原武史・重松清『団地の時代』(新潮選書、2010年)は『滝山コミューン』刊行を踏まえ、ほぼ同い年、団地暮らし経験も共通する二人による対談。団地というのは高度経済成長期の都市部への人口流入から作られたとばかり私は思っていたのだが、必ずしもそういうわけではないらしい。当時、団地生活は最先端でカッコいいというイメージがあったという。試しに母に聞いてみたら、母自身はぼろい一軒家にいたが、団地を見てやはりあこがれたと言っていた。そういうものなのか。この世代間のイメージのギャップ自体、検討してみたら時代的変遷が見えてくるのかもしれない。

 団地、郊外型住宅地、いずれも戸ごとに壁や塀で密封的に仕切られ、既存の地縁から切り離された造成地に職住分離型の通勤形態の家族が住んだ。その意味でアトム的な「私」が横並びする居住空間となり、それらが横に結び付いた「公」はなかなか形成しづらかった、だからこそ結び付くとしたら「オルグ」ともいうべき不自然な集団化が目立ったと言えるだろうか(すべてがそうだとまでは言えないが)。

 三浦展・志岐祐一・松本真澄・大月敏雄『奇跡の団地 阿佐ヶ谷住宅』(王国社、2010年)は、そうした中でも三浦展が「奇跡の住宅」と呼んだ分譲型テラスハウス(庭付き長屋)、阿佐ヶ谷住宅について建築の観点から形成過程をたどる。私は行ったことがないのだが、行ったことのある人に聞くとやはり穏やかで好感の持てる街並らしい。計画当初から沼や川や林などもともとの風景になじむように計画され、各戸の草木は公道へとつながり、借景となって、住宅地全体が醸し出す雰囲気として「私」と「公」とがバランスよく混じりあっていると指摘される。住み心地が良ければこの地域への愛着もわき、街として長続きする。年経て今ではどこかノスタルジーすらも感じさせるようだ。

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