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2010年7月 4日 (日)

神野直彦『「分かち合い」の経済学』『「希望の島」への改革──分権型社会をつくる』『人間回復の経済学』『地域再生の経済学──豊かさを問い直す』

 新刊で神野直彦『「分かち合い」の経済学』(岩波新書、2010年)が出ていたので、これを機にむかし読んだ旧著も読み返した。人間を経済活動の道具として位置付ける新自由主義的な「競争原理」は、個々の人間の能力を育成してその自発的な発揮によって各自が存在欲求を充たしていくのに必要な「協力原理」を掘り崩してしまうという問題意識で一貫している。

 旧著では市場社会を経済・政治・社会の三つのサブ・システムに分裂した状態として示された構図をもとに議論が進められている。経済システムは等価物交換=市場経済による関係。政治は強制力に基づく支配・被支配の関係。社会は自発的協力による人的結びつき。人間の行為は強制的か、自発的か?→政治/経済・社会、無償か有償か?→社会/経済・政治、競争原理か協力原理か?→経済/政治・社会、という基準で区別。経済システムの拡大(有償労働領域の拡大)→社会システムの縮小(家族・共同体での無償労働の存在が縮小)→この縮小部分の代替機能を果たすのが政治システム。政府は「市場の失敗」に対応しているのではなく、市場進展によって生じた「共同体の失敗」から生まれた。新自由主義的な競争原理のやみくもな拡大は、この「共同体の失敗」を残したまま、さらには加速させながら、「政治」機能を縮小させることになる。セーフティネットとしての「社会」が機能してはじめて市場経済も有効に機能する。以上のように三つに分裂したサブ・システムの結節点として財政は位置付けられる。

 『「希望の島」への改革──分権型社会をつくる』(NHK出版、2001年)は、生活する場として人々に身近な公共空間をつくるため、中央政府・地方政府・社会保障基金という三本立ての政府体系を構想する。ケインズ的福祉国家は「遠い政府」としての中央政府が現金給付する形での社会保障を基本としており、それは参加なき所得再配分国家であったという問題意識。地方政府→無償労働代替としての現物給付(サービス)を行う、生活の場における「協力の政府」。社会保障基金→賃金代替として生産の場における「協力の政府」。

 『人間回復の経済学』(岩波新書、2002年)は、利己心に基づく合理的人間モデル=「経済人(ホモ・エコノミクス)」への疑問から経済学の失敗について検討する。人間個々の知的能力を育てていくことが知識社会の条件であり、その育成や生活保障のための人間のきずな=社会資本の必要性という問題意識が示される。『地域再生の経済学──豊かさを問い直す』(中公新書、2002年)も動揺の問題意識から、市場原理によって荒廃させられてしまった地域社会を、社会資本としての生活の場としていかに再生させるかを議論する。

 『教育再生の条件──経済学的考察』(岩波書店、2007年)。経済システムは労働が単純化された中で生産効率向上を目指す形で訓練、政治システムによる公教育は社会東郷のための「国民の形成」を意図→そこで、社会システム=協力原理の直接的人間関係の中における「学びの社会」へ向けた改革を提言する。

 『「分かち合い」の経済学』(岩波新書、2010年)のタイトルにある「分かち合い」とはスウェーデン語の「オムソーリ」、すなわち「悲しみの分かち合い」という言葉からヒントを得ている。財政とは本来、共同の困難を共同負担によって共同責任で解決を図る経済であり、これを“「分かち合い」の経済”と表現している。上述の経済・政治・社会という三本立てサブ・システムについて、貨幣経済(経済+政治)、貨幣を使用しない“「分かち合い」の経済”(社会+政治)という形で描きなおされ、両方の結節点に位置する政治=財政が補完的なバランサーとしての役割を果たさねばならないという問題意識が示される。
・19世紀イギリスのようなレッセ・フェール国家では家族・コミュニティなどの「分かち合い」に基礎付けられた自助努力であり、市場経済化の進展によって社会領域が縮小しつつある中、新自由主義が家族・コミュニティの重要性を説くのは矛盾。
・これまでは公共事業のように「分かち合い」ではない財政支出が多かった→日本では増税への抵抗感が強かったと指摘。
・市場では購買力の豊かなものに決定権、対して民主主義ではすべての社会の構成員が同じ決定権を持つ。
・市場原理→協力原理を分断(例えば、正規雇用と非正規雇用)。
・フレキシュリティ戦略→労働市場の弾力性と同時に生活の安全保障を強化、アクティベーション(失業者への再教育・再訓練)、リカレント教育→社会的セーフティネットを社会的トランポリンへ張り替える。

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