篠原初枝『国際連盟──世界平和への夢と挫折』
篠原初枝『国際連盟──世界平和への夢と挫折』中公新書、2010年
歴史的事象を振り返ってみたとき、往々にして成功は当たり前のようにみなされ、失敗の印象は強く残りやすい。国際連盟は第二次世界大戦の惨禍を防げなかった点でよく失敗したと言われる。しかし、仮に国際連盟がなかったとしたら現代の我々が果たして享受し得たのか分からない様々な成果もまた生み出していた。本書は、国際連盟が描いた26年の軌跡を当時の時代的コンテクストの中で位置付けながらたどっていく。
保健衛生、難民問題、知的協力などについては現在につながる制度づくりが行われ(例えば、感染症の防止など。血液型の国際標準化も国際連盟の活動によるというのは初めて知った)、何よりも国際法的枠組みを確立したことはやはり大きい。例えば、常設国際司法裁判所が設立された。加盟国の投票権の平等は主権国家対等の原則を確立した。日本、イタリア、ドイツ、ソ連の侵略を防止できなかったが、少なくとも正邪の判断は下したことは国際法的認識のあり方との関わりで無視できない。
むき出しのパワー・ポリティクスではなく、小国・弱国でもその存続が保障されねばならない、そうした集団安全保障を目的として国際連盟規約第10条で領土保全の原則が規定された。これは、被侵略国を守る義務が加盟国に課せられるということである(実際には機能しなかったにしても)。そもそも国際連盟はウィルソンの提起によるにもかかわらずアメリカは上院の反対で加盟できなかったのは、この連盟規約第10条により自国の利益に関わりのない問題で軍隊を派遣せざるを得なくなることが懸念されたからであった(見ようによっては、戦後日本の国内世論が憲法第9条をタテにとってPKO等の国際協力に反対してきたのと似ている)。一国の利益と普遍的原理との調和しがたい矛盾は依然として国際組織が抱え続けている問題であり、その困難に初めて原理的に直面した事例として国際連盟を検討する必要はあるのだろう。国際連盟についての概説書はありそうで意外となかったので、こうした読みやすくかつ情報量豊かな本はありがたい。
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