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2010年6月26日 (土)

吉澤誠一郎『清朝と近代世界』

吉澤誠一郎『シリーズ中国近現代史① 清朝と近代世界 19世紀』岩波新書、2010年

・欧米列強との接触により動揺を来たし、とりわけアヘン戦争、太平天国をはじめとした危機に直面した19世紀の清朝。本書は政治史ばかりでなく経済・社会など多面的な視点を交えて近代世界の中に置かれた清朝の矛盾と変容を描き出す。
・太平天国をはじめとした各地を鎮圧→①1860~70年代はイギリスをはじめ列強との関係が安定しており協力が得られた、②地方有力者を味方につけた、③外国貿易の展開や商品経済の活性化といった経済動向を生かした財政成立による税収→19世紀における清朝の動揺を衰退と捉えるのではなく、清朝が体制立て直しに成功してこうした危機の過程を通して統治体制が変容したと捉える。
・太平天国は儒教攻撃→鎮定後は社会復興の理念として儒教を強調→秩序再建に有用であった一方で、改革への制約ともなった。
・清朝は漢人、チベット、モンゴル、ムスリムなどが王朝権力と個別に結び付く形での多元的統治体制→20世紀初頭の国民国家をめぐる論争(梁啓超、汪精衛など)では、清朝の版図がそのまま国民形成の範囲となることについての説明が不十分だった。
・清朝は最末期になってようやく「帝国」を名乗り始めたのであって、18世紀以前の清朝を「帝国」と呼ぶのは誤解を招くと指摘。1908年の欽定憲法大綱に「万世一系」という表現があるが、皇帝権力によって国民統合を進める「大清帝国」という発想は、「大日本帝国」の近代化改革を意識。
・アメリカの圧迫を受けているハワイのカラカウア王が李鴻章や唐廷枢らと会った際、アジア連帯のため清・日本の連携を説いた。

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