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2010年6月20日 (日)

山室信一『思想課題としてのアジア──基軸・連鎖・投企』

 “アジア”なる言葉を我々は当たり前のように使っているが、地域呼称として示される対象は伸縮自在でよくよく考えてみると落ち着きがあまりよくない。西欧による規定であるにもかかわらず、この規定の中に含まれた我々がそれを他ならぬ西欧に対抗する原理として意識し、自分たちの存立根拠を求めようとして半ば後知恵的にこの概念の実体化を試みてきた。しかし、その西欧への対抗意識や、そもそも“アジア”内部の関係が時代に応じて変転してきたため、立場によって“アジア”なるものへの態度が全く異なったものにすら見えてきてしまう。

 山室信一『思想課題としてのアジア──基軸・連鎖・投企』(岩波書店、2001年)は、この“アジア”をめぐる膨大な言説を渉猟しながら、思想史的に検討可能な問いの視座を提示しようとする。第一に、“アジア”という一つの呼称を敢えて用いる場合、指し示された空間の中に一定の共通性・類似性があることを前提として他の地域との差異化が意図されているわけだが、政治的立場は異にしても基底において共有されている“アジア”的なものが認識される思想基軸はあるのか? 第二に、欧米と“アジア”との関係、“アジア”内諸社会同士の関係、いずれにおいても思想や制度の影響関係があったわけで、それらが互いに受容、反発、変容、さらには自己の逆規定など様々な相互反応を引き起こしてきた思想連鎖のダイナミズムをどのように捉えるのか? 第三に、こうした“アジア”なるものの認識や相互連鎖を踏まえて、いかに自分たち“アジア”を再編成していくかという政治的実践が図られたのか?

 19~20世紀、西欧によってもたらされた資本主義システム、主権・国民国家システム、すなわち“近代”世界へと“アジア”が組み込まれていった過程で、これらシステムを受容しつつ、いかに自分たちの独自性を維持、さらには自己顕示していくのかという抵抗の拠り所として“アジア”をめぐる言説が大きく浮上してくる。近代システムへ組み込まれること、すなわち西欧化=平準化に対して自分たちの固有性の探求→類同化という論点が提示されている。いちはやく“近代”を達成した“日本の衝撃”→日本を結節環として欧米の法政思想が継受されたが、その中国・台湾・朝鮮半島・ヴェトナムなどへのディストリビューターとしての役割を果たした梁啓超には関心がある。欧米との比較で“アジア”の停滞という認識をしつついち早く近代化=西欧化を進めた日本はアジアの指導者という自己認識を持ったアンビバレンス、日本のアジア主義の自己言及的・自己肥大的な観念はすなわち大日本主義そのものであったという矛盾、こうした問題は日本の近現代史の大きな蹉跌であろう。“東アジア共同体”が政治課題に上っている現在、開かれた地域主義をいかに構成するかという問題意識は“アジア”言説をめぐって継続中のテーマだと言える。

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