覚書(日台中トライアングルの人物群像)
日台中トライアングル関係の中の人物群像に関心がある。思いつくままにメモ。
ビッグネームから挙げると、林献堂が台湾議会設置請願運動に乗り出したのは、梁啓超のヒントによる。梁は林の招待で台湾訪問。章炳麟は日本への亡命途上、一時期台北に滞在、『台北日日新報』で論説を執筆。孫文も一時期台北に滞在、彼の逗留した旅館は現在、国父史蹟記念館、通称“梅屋敷”。もちろん蒋介石もこういう話題では外せない。
日本統治下にあって日本語を知っていた台湾出身者の中には、「日中の架橋」という名目の下、日本の勢力圏に入った大陸地域へ渡っていった人々もいた。日本国籍保持→特権があったため、商売に利用したり官吏になったりした一方、現地中国人から嫌われたという話もある。
旧満洲国初代外交部総長(外務大臣)となった謝介石は台湾出身。彼については許雪姫〈是勤王還是叛國──「満洲國」外交部総長謝介石的一生及其認同〉(《中央研究院近代史研究所集刊》第57期、2007年)を参照のこと(→こちらで取り上げた)。それから、許雪姫主編《日治時期在「満洲」的臺灣人》(中央研究院近代史研究所、2002年)も手もとにあるが、まだ読みさしのまま。医学を学ぶため旧満洲国へ留学した人が多い。
音楽家の江文也は日本軍占領下の北京で師範大学教授となっている。彼についてはこちらで触れたこともあるが、江文也『上代支那正楽考──孔子の音楽論』(平凡社・東洋文庫、2008年)所収の片山杜秀による解説論文「江文也とその新たな文脈──1945年までを中心に」と、周婉窈〈想像的民族風──試論江文也文字作品中的臺灣與中國〉(《臺大歷史學報》第35期、2005年6月→こちらで取り上げた)に詳しい。江文也を北京師範大学に招聘した同僚の柯政和も台湾出身の音楽家。
抗日意識を持って大陸に向かった台湾人はたくさんいるが、戦後、国民党と一緒に台湾に戻って要職に就く人も多く、“半山”と呼ばれた。日本軍占領地域にいた人物としては、抗日意識を隠して大陸に渡った張我軍の名前を北京の周作人の周辺で見かけた覚えがある。作家の呉濁流は新聞記者として南京に赴任したことがある。汪兆銘政権と関係を持った人々も当然ながらいて、上海で映画人として活躍したが暗殺された劉吶鴎については田村志津枝『李香蘭の恋人──キネマと戦争』(筑摩書房、2007年→こちらで取り上げた)に詳しい。それから、モダニズムの文学者、穆時英も汪兆銘政権の文化関係部局に勤務。台湾出身ではないが、汪兆銘政権で宣伝局次長を務めた文学者の胡蘭成(一時期、張愛玲と結婚)は戦後、台湾に行き、さらに日本に逃れて客死。侯孝賢映画の脚本で知られる朱天文たち姉妹は胡蘭成と家族ぐるみの付き合いがあって薫陶を受けている。
戦後、共産主義者や国民党に対する反発から共産党にシンパシーを寄せた台湾人で大陸に渡った人々も多い。そうした自伝の一例としては楊威理『豚と対話ができたころ──文革から天安門事件へ』(岩波書店・同時代ライブラリー、1994年→こちらで取り上げた)がある。やはり代表的なのは謝雪紅か。なお、江文也は対台湾工作に利用できると判断されたのか戦後も北京に残り、彼女の詩をもとにした交響曲を書いたらしいが、聴いたことはない。中共が対日本工作を進めるにあたり台湾出身者は日本語がよく分かるので重用された。外交の裏舞台で活躍した人々については本田善彦『日・中・台 視えざる絆──中国首脳通訳のみた外交秘録』(日本経済新聞社、2006年)が当事者のインタビューも踏まえて詳しく描き出している。NHK中国語講座で顔なじみだった陳真も台湾出身(→こちらで取り上げた)。やはり台湾出身で日本語雑誌『人民中国』初代編集長となった康大川については水谷尚子『「反日以前」──中国対日工作者たちの回想』(文藝春秋、2006年)に詳しい聞き取りがある。
軍属として徴用された台湾人が南方ばかりでなく大陸にも渡り、戦後、BC級戦犯として罪に問われたケースもあった。台湾の原住民族が高砂義勇隊として戦争に駆り出されたことはよく知られている。龍應台《大江大海 一九四九》(天下雑誌、2009年→こちらで取り上げた)に、戦後、国民党に徴用された原住民族の人が国共内戦に動員されて人民解放軍の捕虜となり、さらに朝鮮戦争にまで行ったという話があったのを思い出した。
作家では邱永漢、陳舜臣といった人もいる。きりがないし、疲れてきたからこの辺で中止。
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