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2010年6月23日 (水)

牧野邦昭『戦時下の経済学者』

牧野邦昭『戦時下の経済学者』中公叢書、2010年

 戦時期における総力戦体制=統制経済が戦後日本の高度経済成長につながったという議論はいまや常識の観すらあるが、本書では当時のアカデミズムにおける経済学者たちの論争が具体的に検討される。

 序章で取り上げられる河上肇と終章の高橋亀吉との比較が興味深い。片やヨーロッパ留学中に第一次世界大戦を目撃、片や第二次世界大戦の最中にあって経済政策を提言、いずれも総力戦の衝撃を身を以て受けていた。二人とも基本的な目的としては奢侈の廃止→剰余資金を生産力拡充にまわす→貧困問題の解決というロジックにおいて総力戦体制に注目している。ただし、河上が利己主義→利他主義という人格的理想主義を強調したのに対し、リアリストである高橋は統制経済の枠内での利己主義を認める。さらに戦後、総力戦の経験は経済復興に役立つと説いた。

 陸軍の委嘱を受けた有沢広巳はドイツの事例を踏まえ、総力戦体制は長期化すれば国民生活を圧迫して経済の内部崩壊を引き起こしかねないが、短期的には可能と返答。名和統一は、日本経済の基盤は脆弱なので戦争が拡大すればするほど英米に依存せざるを得ない産業構造になっている点を指摘。しかし、軍部が求めているのは現状分析ではなく、それを踏まえた勝ち方のヒントであって、その点で経済学に対する過剰な期待があった。他方で、この時の戦力評価をもとに、戦後、有沢は「傾斜生産方式」を提唱、中山伊知郎は戦時経済研究の経験が戦後経済政策に役立ったと振り返っている。

 難波田春夫の「日本経済学」と大塚久雄の合理的態度重視、一見対照的に見える二人だが、国民固有のエートスに着目していた点で共通するという指摘が興味深い。経済や社会を説明するに際して日本の特殊性を取り上げるというパターンは戦後も続く。「近代の超克」的な風潮の中、西欧は行き詰ったから日本独自の経済学を作り上げるんだ、と難波田の鼻息は荒かったが、高田保馬は、まだ経済学知識を十全に吸収していないのに独自の経済学も何もないものだと慨嘆していた。また、総力戦体制下にあって、①統制経済を支持→「アカ」という批判を受け、②市場原理を支持→「自由主義者」「資本主義擁護」としてやはり批判を受け、いずれの場合でも「反国体」的とみなされてしまうダブルバインド。資本主義を肯定するか否定するかという政治図式は、戦後においてマルクス主義か否かという二者択一となり、マルクス主義以外の経済学を「近代経済学」と総称する日本特殊の表現が定着した。

 数理モデルを用いて客観性を標榜する経済学ではあるが、その実、時代的思考枠組みの影響から逃れることの出来ない様々な葛藤が見えてくる。具体的な論争の有様を整理して(上記の他にも柴田敬、作田荘一、山本勝市、大熊信行なども取り上げられる)そうした葛藤を浮かび上がらせ、それが経済政策においてもアカデミズムにおいても戦後につながっていることが確認される。昭和初期経済思想史として論点も豊かで興味深く読んだ。

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