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2010年6月26日 (土)

宇野重規『〈私〉時代のデモクラシー』

宇野重規『〈私〉時代のデモクラシー』岩波新書、2010年

・議論の前提として、アンソニー・ギデンズ、ウルリッヒ・ベック、ジグムント・バウマンたちが示した現代社会論を踏まえて問題の構図が描かれる。「近代」の目標は「家」「伝統」「聖なるもの」の拘束から個人を解放し、与えられた関係性に盲従するのではなく、自ら選んだ関係へと置き換えていくこと→〈私〉の価値基準を外的、超越的な何かに置くのではなく、他ならぬ〈私〉自身の中に求める。現代は「脱近代(ポストモダン)」ではなく、「近代」のプロジェクトが成功したからこそ新たな段階へと進んだ「後期近代」「再帰的近代」。
・〈私〉のかけがえのない固有性。同時に、本来ならば社会的・公共的に解決されるべき問題まで、すべて個人の処理すべき課題と見なされて、〈私〉の負担が大きい社会。
・本書はトクヴィルの「平等化」という概念を踏まえてこうした〈私〉の時代を考える。貴族性など不平等な時代には他者との相違は自明のことであったが、平等化→みんなが同等者であるべきだからこそ、他者との微妙な差異が気にかかる、言い換えれば現実の不平等に敏感になる→〈私〉意識をもとに社会的不合理について異議申し立て→社会を変えていく原動力にもなる。
・〈私〉の抱える不安や不満は下手すると他者への排除へと向かいかねないが、そうではなく〈私たち〉の問題として考えるためのデモクラシー→リスペクトの配分、つまり〈私〉の固有性にこだわりつつ、それを確認する相互承認の相手として他者が必要。

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