イーユン・リー『さすらう者たち』
イーユン・リー(篠森ゆりこ訳)『さすらう者たち』河出書房新社、2010年
文化大革命末期の地方都市。紅衛兵のリーダーとして糾弾闘争の先頭に立っていた女性活動家自身が今度は反革命に問われ、処刑されることになった。紅衛兵だった女性の刑死への抗議が自由な社会を求める人々のシンボルとなり、さらに弾圧の口実ともなる逆説。この中で翻弄される町の人々が見せた反応を描き出した群像劇。
モデルとなった事件は実際にあったらしく、それをもとにイマジネーションがふくらまされている。ただし、これはあくまでも小説であって、強い政治的メッセージが意図されているわけではない。それでも文革という政治事象に絡めて言うなら、「政治的正しさ」の基準に従って他人を糾弾することで自らの優位を確証しようとするルサンチマンにしても、あるいは面倒を避けようと無関心を決め込むのも、いずれもエゴと言ってしまえばエゴであるが、エゴがそのまま「良い」「悪い」という断案に結び付くわけではない。同情が偽善的においを放ったり、夫をつまらないお坊ちゃんだと思っていても一生懸命に愛情を訴える姿にいとおしさを感じる瞬間もあったり、好奇心半分の同棲生活に真情がこもったり、様々にヴァリエーションを帯びた屈折や葛藤、そうした感情的機微が一人一人について丁寧に描き出されているところにこの本の小説としての面白さがある。グロテスクなものに興味を寄せる青年の心理なども陰影を添える。訳文が微妙にぎこちないのが気になった。
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