戸部良一『外務省革新派──世界新秩序の幻影』
戸部良一『外務省革新派──世界新秩序の幻影』中公新書、2010年
戦間期東アジア国際秩序において大国間協調という形ながらも日本の強大化抑制が意図されたワシントン体制の打破、閉塞した日本国内のシステム変革への連動が期待された対外的危機──満洲事変をきっかけにこうした思惑から外務省の少壮官僚たちが従来の外交、すなわち幣原外交との訣別を主張し始めた。彼らを外務省革新派という。本書は、中でも精力的なパーソナリティーで注目を浴びた白鳥敏夫を軸として彼ら革新派の動向を描き出す。白鳥という人は日本政治外交史でよく名前を見かける割に(日独伊三国同盟の推進者であり、最近はいわゆる「富田メモ」に名前が出てきたことでも話題になった)、どんな人物なのかあまり知らなかったので興味深く読んだ。
「革新派」と一言でいっても、当時の外務省におけるある種の「下剋上」的風潮で総称されているだけで、明確な派閥を形成したわけではない。一つには人事の停滞から不満がわだかまっており、そこに外交刷新、機構改革といった政論が相俟って若手の共感を集めたのだという。
英米主導の旧体制からの脱却を目指し、「アジアに帰れ」、西洋「物質」文明批判といったスローガンが高唱されても次なる新体制というのが実は曖昧であり、帝国主義批判、アジア解放を戦争正当化の理由に持ってきても、では日本自身はどうなのかという矛盾にぶつかってしまう。革新派の主張する「皇道外交」なるものは抽象的な観念に過ぎず、結局、現実の権力政治を言葉で包み込むオブラートにしかならなかった。
ただし、見方を変えれば、従来の実務派外交官とは異なり、彼ら革新派は「理念」を語ろうとしたところに特徴があったと指摘される。中国での戦争が泥沼化した鬱屈、欧州で始まった第二次世界大戦の衝撃、こうした事態に戸惑う国民の耳には、エリート外交官の専門的・高踏的な議論ではなく、革新派の単純化された世界観の方が分かりやすかった。つまり、外交が大衆化された時代において、国内世論に敏感に反応したところに革新派が外務省内で大きなプレッシャー・グループとなった理由があると考えられる。
なお、戦後、白鳥が提唱した戦争放棄論が憲法第9条に取り入れられたという説があるが、戦中・戦後にかけての彼の言動はかなり神がかり的であり、かつ時局に応じて主張が180度展開してしまうところもあり、いまいち信用はできないようだ。
西欧主導の世界観=「近代」を超える、と言っても、現実としての権力政治は何も変わらないわけで、下半身は彼らが批判した当の「近代」のままでありながら、観念だけで「近代」を「超えた」気分に浸りこむという矛盾。白鳥の外交論がそうだし、先日読んだばかりの牧野邦昭『戦時下の経済学者』(中公叢書、2010年)で取り上げられていた難波田春夫の「日本経済学」もそうだし、もっと広いコンテクストで言うと当時流行した「近代の超克」論がそうだろう。このあたりは、私自身もっと突き詰めて考えたいのだが、どうにも手に余る。
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コメント
手にあまるといわれつつも
ほったらかしにするには、ねぇ。
だって、書評に旅に、ブレがないですもん。
これからも楽しみにしてます。
もがくだけは、もがかざるを得ない私に良い手懸かりになります。
投稿: 山猫 | 2010年6月25日 (金) 23時39分
山猫さん、どうも毎回コメントありがとうございます。
私自身、もがきにもがいて、振り返るとなんだか迷走しているなあという感じがしますね(笑)
投稿: トゥルバドゥール | 2010年6月26日 (土) 00時06分