「トロッコ」
「トロッコ」
死んだ台湾人の夫の故郷、花蓮近くの山あいの村へ遺骨を持って訪れた夕美子(尾野真千子)。連れてきた二人の子供、敦と凱の兄弟はニンテンドーDSに夢中、時折注意する夕美子の声には疲れたような険もこもっている。兄の敦が時に反抗的な態度をとるのは、父がいなくなった寂しさと母の疲れ、そうしたプレッシャーを感じているからなのか。台湾のおじいちゃん(洪流)は、若い頃に覚えた日本語も交えながら、初めて会う嫁と孫たちを暖かく迎え入れてくれた。孫が持ってきた、トロッコと少年が写った古い写真。父だとばかり思っていたその少年は、実はおじいちゃんだった。敦と凱はトロッコを探しに行く。
原案は一応、芥川龍之介「トロッコ」となってはいる。しかし、トロッコに乗って遠くまで行ってしまったときの不安感は確かに芥川作品をうかがわせるにしても、これ以外は完全にオリジナル・ストーリーである。監督が「トロッコ」映画化を思い立った際、台湾にはまだトロッコがあるという話を聞いて、最初はロケだけ台湾でやろうと思っていたが、結局台湾を舞台にしてしまおうという方針に落ち着いたのだという。
日本語世代の老人たちが登場する。おじいちゃんは日本への親しみを語るが、他方で日本政府から恩給支給資格なしの通知を受けるシーンも挿入される。日本人として戦ったのに、その見返りはない。お金が欲しいのではない、「ありがとう」の一言すらないことに、自分たちは日本から捨てられたのだという憤りが抑えられないのである。エンドクレジットの特別感謝のところで酒井充子監督のドキュメンタリー「台湾人生」でインタビューを受けていた人々の名前があったから、この人たちから聞き取った話を脚本に取り入れたのだろう。
台湾の深い森林に覆われた風景、その中で過ごした少年たちのひと夏の思い出。とりわけトロッコの線路が通る霧が煙るような木立が印象的だ。緑の色合いに潤いがあって、それが目にやさしく馴染み、見ているとホッとした気持ちにしてくれる。ストーリーを包み込んでいる、こうした映像からにじみ出てくる雰囲気そのものに身を委ねたい、そんな感じの映画だ。
【データ】
監督:川口浩史
脚本:川口浩史・黄世鳴
撮影監督:李屏賓
音楽:川井郁子
2009年/116分
(2010年5月23日、シネスイッチ銀座にて)
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