丸川哲史『台湾ナショナリズム──東アジア近代のアポリア』、本多周爾『台湾──メディア・政治・アイデンティティ』
台湾におけるナショナル・アイデンティティをどのように捉えるかというテーマは、台湾問題としてのみ自己完結することはなく、中国や日本など周辺のナショナリズムとも絡み合い、どの立場・視点に立つかによって議論の性質も大きく変わってくるという難しさをはらんでいる。台湾ナショナリズムと中国ナショナリズムとは両岸の政治経済関係に応じて変化し得るし、台湾における親日感情は日本の右翼的な人々のナショナリズム感情と共鳴するケースが見られる。そして、それらの立場が複雑に対立する。言い換えれば、一つの立場に固執する硬いナショナリズム言説は、現状にそぐわないズレをどうしても露呈してしまうと言える。
そうした複雑な問題背景を念頭に置くと、丸川哲史『台湾ナショナリズム──東アジア近代のアポリア』(講談社選書メチエ、2010年)が議論の拠り所としている、台湾における近代について「複数のプロセス」として捉える脱「国民国家」論的視点は一定の説得力を持つ。ただし、本書では1920年代における中国革命への関心、福建との土着的連続性など漢族・中国文明としての大陸との接点に注目される一方で、台湾の原住民族の存在については軽く言及される程度なのが気にかかった。漢族系と原住民族系との混血を論拠としたDNA論による台湾ナショナリズムの主張に対する批判は正当であろう。しかし、政治的マイノリティーとしての原住民族の位置付けをナショナリズム論の観点でどのように捉えるのか? これは無視できない論点だと思う。例えば、周婉窈『図説 台湾の歴史』(濱島敦俊監訳、石川豪・中西美貴訳、平凡社、2007年→こちらで取り上げた)は原住民族に配慮した脱漢族中心史観に立って台湾史を叙述しているが、本書では参考文献にも取り上げられていない。議論の流れに入らないから省略したのか、それとも意図的に無視したのか?
本多周爾『台湾──メディア・政治・アイデンティティ』(春風社、2010年)は、現代台湾における政治とマスメディアとの関係を分析した論文集である。新聞については、聯合報、中国時報、自由時報の三大紙に加え、香港資本の蘋果日報がワイドショー的な誌面構成で参入。台湾では民主化が進展する一方で、各紙はそれぞれに政治主張を明確化、読者も自分の思想傾向に合わせて選択的に購読するため、自らの政治イデオロギーを強化、ナショナル・アイデンティティをめぐる議論でイデオロギー対立が助長されてしまっているという指摘に興味を持った。
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