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2010年5月26日 (水)

永井荷風『下谷叢話』

永井荷風『下谷叢話』(岩波文庫、2000年)

 荷風の母方の祖父で漢学者であった鷲津毅堂及びその周辺人物について調べた史伝的作品。尊敬する森鴎外の『渋江抽斎』『伊沢蘭軒』を意識したらしいが、漢籍史料の引用もふんだんな生硬な文体は荷風作品としては珍しい。時代に背を向けた漢学者たちを共感を持って描く、といううたい文句が文庫版表紙にあって、黄昏の中の反時代的反骨のようなものを何となく期待して手に取ったのだが、それほど感じ入るところもなかった。私の鑑賞力不足か。岩波文庫版解説(成瀬哲生)によると、刊行当時に正宗白鳥が、史伝としては鴎外に及ばず、花柳界を描いた荷風ならではの鮮やかな筆致も見られず失敗作だとこき下ろしたらしい。

 毅堂の弟子の中に、森槐南という名前があった。日本が台湾の植民地支配に乗り出した当初、台湾在来の読書人から軽侮を受けないようにと漢学に秀でた者が台湾に送り込まれたが、その中の一人として槐南の名前に覚えがあった(他に、尾崎秀実・秀樹兄弟の父親である尾崎秀眞などもいた。台北の龍山寺で秀眞による揮毫を見たことがある)。手もとにある島田謹二『華麗島文学志──日本詩人の台湾体験』(明治書院、1995年)をめくるとやはり槐南の名前が出てきた。正確に言うと、槐南自身が台湾に長期間滞在したわけではなく、槐南の弟子が台湾に赴任したこと、伊藤博文に随行して台湾を訪問した際の槐南の詩をこの本で見かけたことで私の記憶に残っていたようだ。『下谷叢話』では、槐南は伊藤博文に見出されて官界へと引き立てられ、伊藤のハルビン訪問にも随行、伊藤が安重根に狙撃された際、槐南もそばにいたため同様に銃弾を受け、帰国後に死去したという事情が紹介されていたのでここにメモしておく。

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