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2010年5月24日 (月)

狭間直樹編『共同研究 梁啓超──西洋近代思想受容と明治日本』

 梁啓超の思想や生涯の全体像を把握できる本はないかと探しているのだが、手頃なのがなかなか見つからない。彼の活躍したジャンルはあまりに幅広く、かつ時期によって発言の変遷も大きいので、一つの視点による単著は難しいのか。

 狭間直樹編『共同研究 梁啓超──西洋近代思想受容と明治日本』(みすず書房、1999年)は13人の研究者の論文によって構成された共同研究。主に日本との関わりに焦点が合わされている。変法自強運動は明治維新を範にとっていたこと、戊戌の政変(1898年)で亡命して以来、14年近くにわたって日本に滞在していたことから、梁啓超の思想形成を検討する上で日本ファクターは無視できない。論点は多岐にわたってすべてをフォローするのは難しいので、興味を持った点だけメモ。

 国民の集積として国家を把握、国を支える新しい国民像の創出→「新民」説。福沢諭吉の有名なテーゼ「一身独立して一国独立す」なども想起される。対外関係を論ずるときには国権論的、個人の権利関係を論ずるときには民権論的、両者が対立するのではなく楕円系的な議論構図、民度が低いという自己認識を持ったときには「開明専制」論が全面に出てくるが、国権か、民権か、このブレが大きいように見える中でも、両者を相補的に捉える基本線は一貫している。梁啓超は福沢諭吉「独立自尊」にも言及しているが、ただし梁が滞在していた当時の日本では、すでに明治初期啓蒙思想の時代は過ぎて国権論が隆盛となっており、そうした議論の方向に梁も引っ張られたのではないかという指摘があった。また、日本では「尚武の精神」にも注目→「中国之武士道」を著す。当時、章炳麟、譚嗣同をはじめとした中国近代の思想家たちの仏教への関心はよく指摘される。戊戌の政変で譚嗣同たちは処刑された→政治変革に伴う死と思想的にどのように向き合うのか、さらには無私の覚悟、殉教の精神、こういったものを涵養する上でも梁啓超は仏教思想への関心を踏まえていた。梁啓超の海外思潮摂取を理解する際、日文を通して多くの知識を吸収していたので、欧米思想と直接比較するだけでなく、日本経由のバイアスも考慮する必要あり。戊戌の政変で日本へ亡命する船の中で東海散士『佳人之奇遇』を読みふけったらしい。また、フランス革命の指導者ローラン夫人の伝記→徳富蘆花の史伝で読んで再解釈→梁啓超が中文で書いたローラン夫人伝をさらに朝鮮の民族史家・申采浩が読んで影響を受けたらしい。東アジアにおける思想連鎖のあり方として梁啓超は興味深い。

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